それは、願うように。祈るように。 いつだって、いつだって。 願うことは一つなのに。 伸ばされた手が、触れることなく拳を握る。 そう、あなたはいつだって恐れていたね。 それがどれだけ僕を傷つけているのか知っているんだろうか。 「ブルー・・・」 感じる気配に小さくため息を吐いて、振り返った。 暗がりの中、窓から差し込む星々の小さな光を反射して銀の髪が光る。 微笑みながらもどこか困ったような色を浮かべて僕を見ている真紅の瞳に、僕は気づかない振りをした。 「今日は起きても大丈夫なんですか?」 「・・・ああ、久しぶりに気分が良くてね」 そうしたら君の顔が見たくなって・・・。 「呼んでもらえればすぐに行ったのに」 肩を竦めた僕に彼が小さく笑った。 「たまにはベッドから抜け出したいんだ。寝てばかりというのも退屈でね」 大丈夫。ドクターの許可は貰ってあるから。 「なら、いいんですけど・・・たまにあなたは平然と嘘を吐くから・・・」 「信用ないんだね、僕は」 「当然です!この間、絶対安静とか言われていたのに抜け出して子どもたちと遊んでいたのはどこの誰ですか!!」 びしっと指を突きつけた僕に、彼がくすくす笑う。人が怒っているのに、この態度!三百年も生きると人の言うことなんて聞かなくなるんだろうか?あの後、案の定一週間も深い眠りに落ち込んで、僕は本当に本気で死ぬほど心配したっていうのに。 「すまない、ジョミー」 君の心配はとても嬉しいよ。 「ブルー!また勝手に人の心を読んで!!」 ぐるぐる考えてしまったことを当の本人に知られて顔が熱くなる。そりゃあ、心の遮蔽ができない僕が悪いのは分かってますけど!それにしたって読まない努力というものはするべきじゃないのか?それが人としての礼儀ってもんじゃないのか? 「仕方がないよ。ジョミー、君はまだ心の遮蔽が上手くできないのだから。それに強すぎてどうしたって零れ落ちて届いてしまうんだ」 「そうは言いますけど・・・だいたい、あなたならそれぐらい簡単に遮蔽できるじゃないですか!」 「・・・知ってたのか」 「だから・・・!・・・・っ、もういいです・・・」 にこにこ笑うこの人に何言ったって無駄なんだろう。はいはい、どうせ僕の心なんて筒抜けですよ。どこかの誰かにはぶしつけな人とか言われるし、好きでこんなんじゃないってのに皆ひどいよ。 「ジョミー、そんなにすねないでくれ」 「すねてません!」 つんと横を向いたら、そっと頬に手を添えられた。その手が触れる直前、一瞬止まったのを僕が知らないとでも思ってるんだろうか。 「すまない、ジョミー。君の心はとても強く、優しくて、心地いいんだ。だからつい・・・君が嫌がるならもうしないよ」 「・・・心地いいんですか?僕なんかの心が?」 まだ目を逸らしたまま、ぽつりと聞く。 気配だけで彼が笑ったのが分かった。 「そうだね、君の心は・・・なんと言えばいいんだろう・・・悩んでいても明るくて、どこかに希望が潜んでいるんだ。広く、深く、温かい・・・まるで伝え聞く母なる海のように」 「それ、言い過ぎです」 あまりな譬えに、こっちが恥ずかしくなる。ああもう!とブルーを抱きしめた。一瞬逃げるように身じろいだけれど、構うもんか! 「僕の心が心地いいなら幾らだってあげますよ!」 だから、だからどうか恐れないでください! 「ジョミー・・・?」 驚いたように、彼の身体が固まったのが分かった。この際だ。言いたいことは言ってしまおう。畳み掛けるように続ける。 「僕だって、日々成長してるんです!あなたが僕に触れることを躊躇ってることなんか知ってるんですから!」 「そ、れは・・・」 「何でですか?こうやって人の心に触れることは平気なくせに、何で・・・」 触れたい。触れられたい。 そう願う僕の心はその度に見えない傷から血を流す。 躊躇う指先に。離れ行く温もりに。 まるで彼から言葉もなく拒絶されているようで。 知っているくせに。 分かっているくせに。 僕の想いなんてとっくの昔に・・・なのになのに! 「どうして・・・」 縋るように抱きしめた身体は驚くほど細くて、ともすれば折れてしまうんじゃないかと本気で心配になった。 「ジョミー・・・いくらなんでも折れたりなんかしないよ」 小さく笑って彼が僕の背中に腕を回した。今度は躊躇うことなく。ぎゅっと抱きしめられる。 「ブルー・・・?」 「君のせいじゃないんだ。君のせいじゃない」 間近に、宝石のように紅く煌めく瞳を見つめ息をのむ。なんて綺麗なんだろう。マムが大事にしていたルビーの結婚指輪なんかよりずっとずっと綺麗で・・・切ないほどに愛しい瞳。 「僕はもうすぐ燃えつきる・・・だから君に触れることが怖かった。今さら僕の想いを君に残していいのだろうかと。僕の背負ったものを君に託してしまうのに、これ以上君に重荷を背負わせたくなかったんだ。だから・・・」 「それが余計なお世話だって言うんです・・・僕はいつだって願っているのに」 「そうだね・・・君の想いはずっと届いていたよ」 ふわりと彼が笑った。どこか悲しげで、どこか嬉しそうに。 「だから、触れられなかったんだ」 触れることで、僕の想いを君に伝えてしまうことが恐かったから。 「ブルーの、想い・・・?」 「君を愛しているよ、心から」 「!」 告げられた言葉に心臓が跳ね上がる。 突然の言葉に瞳を丸く見開いたまま固まってしまった僕の頬に、彼がそっと口付けた。 「すまない、こんな身でありながら君にそれを告げる僕をどうか許して欲しい・・・」 「な、何言ってるんですか・・・!」 泣きたくなった。 分かってしまった。 彼が、今それを告げたのは僕のためだ。 僕の心に平穏をもたらすためだけに、今告げたのだ。 本当だったら告げられるはずもなかった彼の想い。 きっとその身が消え去る最期の瞬間まで黙って持って行くつもりだったであろう想い。 僕が、願ったから。僕が、望んだから。 自分の願いなどではなく。僕のために。 そうやって・・・そうやってあなたは綺麗に隠してしまうんですね。 自分のことなど置き去りにして。 なんて優しくて、なんて残酷で、なんて悲しいんだろう。 「僕は・・・僕が願ったことはそんなことじゃ・・・」 「知っているよ、ジョミー」 知っている、ともう一度繰り返して彼の唇が僕の唇に重なる。 言っただろう?君の想いは届いていたと。 君が願うなら、この身全てを君に捧げよう。 それぐらいしか君に残してあげられないから・・・だから。 「どうか泣かないで欲しい、ジョミー・・・」 そうして重ねられた唇の、少しかさついた柔らかさを、今でも僕は・・・覚えている。 僕は、ただあなたに幸せになってもらいたかっただけなのに。 END 切ない感じを目指してみたり。私の中では、ブルーさんは強引なくせに自分自身のことになると、一歩引く人のような気がしてます。特にジョミさんに関することでは。でもなかなか文章では表しづらいですね。すみません、意味不明で(逃) →ブラウザのバックボタンでお戻りください。 |