蒼い、蒼いあの星で


[3]







シャングリラ大学は、とかく広かった。
否、広すぎると言っても過言ではないくらいの広さだった。

「わぁ、まずい!まず過ぎる!!」

齧りかけのパンを口にくわえながら、大慌てで教科書を抱え走る姿に、通勤通学のために周囲を歩く人達が笑っているのが分かったけれど、そんなことに構っている場合じゃない。なんと言っても今日は記念すべき初講義の日なのだ。

華やかで晴れがましい入学式はつい昨日のことで。
今日から本格的な講義が始まるということだから、ジョミーもとても楽しみにしていたのに。

それなのになんという体たらく!

ジョミーの入った学生寮から大学の講義室までそんなに遠くはないはずなのに。
どこでどう間違えたのか、気がつけば全然違うところに出ていたのも誤算だったけれど。
それよりも何よりも。
昨日の夜、目が冴えてなかなか眠れなかったのが一番痛い。

「うう、初日から遅刻ってどうなんだ?」

あんなに意気込んでたのに、と唇を噛んだジョミーが曲がり角を曲がろうとした、その時。
どんっばさばさっと、軽くはない衝撃で身体が後ろへ弾かれる。

「・・・っ!?」

盛大に尻餅をついたジョミーが嫌な予感に慌てて前を向くと、同じように尻餅をついた人がいて背中を冷や汗が流れ落ちた。周りにはジョミーの教材と、その人のものと思われる書類がそこら中に散らばっていて、それはもう盛大なちらかり具合だ。

「ご、ごめんなさいっ!!大丈夫ですか!?」

じたばたと書類を掻き分け這いずるように近づいたジョミーに、相手が顔を上げる。
くせっ毛のせいか、うねりのある銀色の髪。まだ衝撃覚めやらぬといった真紅の瞳は、朝から燦々と降り注ぐ太陽の光で、ともすれば宝石のように煌めいた。

わ、ぁ・・・綺麗な色・・・。

思わず状況を忘れて見惚れたジョミーだったが、はっと我に返る。

「・・・って、あ、あの!ケガ!ケガとかしてませんか!?」

バカバカバカ!何してんだ、僕は!

どうしよう。大丈夫かな?ケガしてないかな?
うう、本当に僕ってば、なんだってこう落ち着きがないんだろう。
とりあえず、急いで医務室に連れて行かなくちゃ・・・。

『・・・大丈夫だよ』

「・・・え?」

右手を取ったり左手を取ったりと相手の状態を確認していたジョミーは、直接頭に響いた声に目を瞬かせた。

『全然ケガしていないし、それに君だけのせいという訳でもないから』

気にしないで。

相手がそっと腕を引きながら笑う。そんな笑う気配まで、外からではなく、内に響いてジョミーを戸惑わせる。

「・・・え、ええと・・・?」

『ああ、ごめん。思念波は初めてかい?君のいた所ではミュウは少なかったのかな?』

その言葉にはっとする。

「あなたはミュウなんですか?」

ジョミーの言葉に小さく頷いたその人を、思わずまじまじと見つめてしまった。

少し眩しそうに瞳を細めたその人の顔が、とても綺麗な造りをしていることに気付いたのはこの時。うわぁ・・・美形ってきっとこういう人のためにある言葉じゃないのかなぁ・・・。

ミュウと言えば、普通の人には持ち得ない、サイオンという力を持つ人たちのことである。
その能力は様々で、個人差があると言う。ただミュウと呼ばれる人たちは総じて長命なことで知られていた。だから、このSYG88にはたくさんのミュウがいると、そう言えば事前に教えられた気がする。今の今まで忘れていたけれど。

『そう言う君も、ミュウみたいだけど・・・?』

「え?えええっ?いや、僕は違いますよっ?だって入学前のESP検査でもひっかからなかったし」

突然の衝撃発言に今度は驚きで目を白黒させた。

実は密かにミュウに憧れたりもしたけれど、検査の結果はいたって普通の人間。
幼い頃から不思議な夢を見ているからと言って能力があるわけじゃないんだなと思ったばかりなのに。

『そう?それはきっとまだ君が目覚めてないからだと思うよ』

ESP検査も万全じゃないんだ。

にっこり綺麗に微笑まれて、うん、実はそうかも・・・なんてうっとり思ったジョミーの耳に予鈴の音が届く。

「ま、まずい!!」

ど、どうしよう?と焦るジョミーに、その人がくすりと笑った。

『僕は大丈夫だから早く行った方がいい。ゼル教授は厳しい方だから』

「え、でも・・・」

このまま置いて行くなんて・・・。

『大丈夫。ほら、早く』

促されるように、傍に落ちていた教材を拾われ手渡される。
確かに初日から遅刻なんてまずいことこの上ない。ここは言葉に甘えさえてもらうことにした。でも、とりあえずこれだけはちゃんとしないと、と辺りに散らばった相手の書類を掻き集める。

『別にいいのに』

「いや、僕の不注意ですから!」

すみませんでした!と相手に渡して頭を下げ、立ち上がった。そうこうする間にも予鈴が鳴り終わりそうで、慌ててその場から駆け出す。

『頑張って』

背中越しに届いた思念が、なんだか嬉しくて。
ぎりぎりセーフで駆け込んだ教室で、座って待っていたフィシスに何か良いことでも?と首を傾げられたりした。










END




青い人登場!思ったよりも出番が早くなりました。しかし尻餅姿・・・想像すると笑えるかも(笑)


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