蒼い、蒼いあの星で


[5]







初めてその名を知ったのはいつのことだっただろう?

”ソルジャー・ブルー”

彼の書く論文はもちろん、その行動すべてがどれも他の人間には真似できないものばかりで、子供心にも憧れと尊敬の念を抱いたものだ。

大好きで、大切な地球。

初めて目にした時の感動は、きっと、ずっと、忘れない。

あんなにも美しい星が、愚かな人の行為で失われたことが、ひどく悲しく、ひどく切なかった。

悔しい、とさえ思う。

だから・・・だからこそ。

過去の歴史の中で失われてしまったあの美しい星を、今度は違う意味で人の手へと取り戻そうとするその姿勢に強く共感した。どんな理由があるのかは知らないが、表舞台に立つことのない彼の力になりたいと、ずっとそう思っていたのだ。

彼の推進したSYG88が完成してから50年近い年月が経っている。
ようやく大学への入学を許されたばかりの自分は、きっと彼にしたらまだまだひよっこだろう。
それでも、一歩ずつでいい。
知識を得、能力を磨き、いつか彼の研究を手伝えたら。

―――それが、今の僕の願い。






「よし、忘れ物はないな、と」

机に置いた教科書類を一つずつ丁寧に確かめ、ほっと息を吐く。
教室には誰もいない。当たり前だ。まだ開始時間の一時間も前なのだ。
余程の酔狂な人間ぐらいしかそんなに早くに来るものか。

「・・・って、僕が酔狂なのか?」

独り言ち、小さく笑う。
正直、今日、あのソルジャーによる特別講義があると知ってから、ジョミーの心は落ち着かない。夏休み前の子供のようにわくわくする反面、どこかもっと胸の奥の方で、ざわざわとしたはっきり言葉にはできない何かを感じていた。

「あー・・・ひょっとして緊張?」

らしくないとも思うが、仕方ない。
ずっとずっと憧れていた人に会えるのだ。

「うん、ちっともおかしくなんかないぞ」

『何がだい?』

突然割って入った思念に、驚いて顔を上げると、いつの間にか目の前に人が立っていた。
うわー全然気付かなかったよ。独り言言ってて恥ずかしい・・・って、ええ!?

「あ、あなたは・・・!」

目を惹く銀の髪に、真紅の瞳。
入学後、初講義の日に出会った、ずっと気になっていたまさにその人が、柔らかな微笑みを浮かべて立っていたのだ。

『こんにちは』

「こ、こんにちは・・・あ、ああ!せ、先日はすみませんでした!」

ぶんっと頭を下げた瞬間、鈍い音が辺りに響く。
盛大に額を机にぶつけたジョミーが、くぅ・・・と涙を堪えていると、大丈夫かい?とそっと額に触れられた。

「だ、だだだ大丈夫です!!」

頬が熱い。耳が熱い。何より心臓がうるさい。
額に触れる自分よりも低い体温。滑らかな指先。

うーわーと一人ぐるぐるしているジョミーの様子に気付かないまま、その人は心配げに眉を寄せながらも触れていた手をひいた。

『本当に大丈夫?少し赤くなっているようだけど・・・』

「こんなのケガの内に入りませんよ!僕、丈夫なだけがとりえで・・・あは、あはは・・・」

何を言ってるのか分からなくなってきた。
うわー格好悪い・・・僕ってば・・・。
自分の動揺具合に、諦めにも似た気持ちでため息を吐く。
まずは落ち着こう。そう決めて、深呼吸一つ。

「・・・あの、この間は本当にすみませんでした」

改めて深々と頭を下げたジョミーに、その人が少し困ったように目を細めた。

『いいよ、気にしないで。やっぱりケガも何もしていなかったんだし』

「でも・・・」

顔を上げてくれないかと、差し出された手が予想以上に白いことに、まだほんの少しどきどきしながらも、あれは自分の不注意だったのだから、と言い募ったジョミーにその人が笑う。

『うーん・・・まぁ、僕も書類に気を取られていたからね・・・』

おあいこということで。

そう笑顔で言われたら、頷くしかない。
だけどこの人がケガしてなくて本当に良かった。そう思えることでよしとしよう。
うん、と一人頷き、ジョミーは気を取り直す。
まっすぐに顔を上げ、自分を優しく見つめる瞳を見た。
そう言えば・・・。

「ここにいるということは、あなたもソルジャーの講義を受けにこられたんですか?僕もなんですよ。あ、僕はジョミーと言います」

ずっとずっと憧れてた方なんで、今日の講義がとても楽しみで・・・と無邪気に笑うジョミーに真紅の瞳が揺れる。

『僕は・・・』

その人が、躊躇いがちに何かを口にしようとしたその時。

「ソルジャー・ブルー!」

大きな声が、講義室に響いた。










END




ジョミーがへたれです。なんだか色んな意味で。そのうちびしっと決めてくれる予定なんですが・・・ジョ、ジョミー?決めてくれるよね?(汗)


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