蒼い、蒼いあの星で [6] 一番最初の記憶は、真っ暗な宇宙に朧に浮かぶ蒼い星。 言葉にできない想いが、郷愁と憧れ、希望と喜び、労わりと愛、そして悲しみと痛みを伴うものだと理解したのは3つの頃。 それから、ずっと。 僕は蒼い星を追いかけている。 ―――まるで誰かを捜すように。 つかつかと勢いよく近づく、褐色の肌に金の髪がよく似合う壮年の男に、ジョミーは瞳を瞬かせた。今、彼は何と言ったのだろう。 聞き違いでなければ、ソルジャー・ブルーと・・・そう聞こえたけれど。 思わず周囲を見回す。だけど、この場にいるのは、自分と銀髪の彼の人のみ。 「・・・え?」 零れ落ちた疑問符になどお構いなしの男が、ジョミーの机の前で歩みを止めた。 次いで、出たのは呆れた声。 「何をなさっているんですか、あなたは」 しっかりと、こめかみに青筋を立てながらじろりと視線を送った先は、少し困ったように微笑む彼の人で・・・。 「え、え?えええー!?」 漫画みたいに口をぱくぱくさせるなんてこと本当にあるんだと、どこか冷静に考えいている自分がいること自体きっとすでに冷静なんかじゃないのだろう。とにかく、吃驚して思考が上手く働いてくれやしない。 「だって、ソルジャー・ブルーはもう60歳過ぎてて・・・」 どう見ても彼はそんな年には見えなくて。 同い年と言ってもいいぐらいで、その落ち着いた雰囲気を考え合わせてもせいぜい僕の一つか二つ上。 「君は知らないのか?ソルジャー・ブルーはミュウだ」 「え、や、でもミュウは長命だって言うけれど・・・」 見た目どうしたって60歳には・・・とブルーと呼ばれた彼を振り返ると、少しだけ罰の悪そうな顔で彼が告げる。 『ミュウはその特殊な力のせいか、姿形を若く保つことができるんだ』 へぇ・・・それは世の女性にしてみたらとっても魅力的な力だね・・・って。 「じゃ、じゃあ!本当にあなたが!?」 ソルジャー・ブルーなんですかっ!!? さすがに人を指差すなんて失礼なことをしたりはしなかったけれど、正直ここまで驚くことなんて自分の人生であったかどうかというぐらい驚いて、まじまじとブルーを見てしまった。 「今さら何を言うんだね、君は」 『ハーレイ』 「なんですか、ソルジャー・ブルー」 突然素っ頓狂な声をだしたジョミーを、思いっきり不審そうに見ながらもハーレイと呼ばれた男は、たしなめるように名を呼んだブルーを振り返った。 『彼はミュウに出会ったことがないんだよ。我々ミュウの数は昔に比べて増えたとは言え、いまだ少ないものだからね』 「それはそうですが・・・」 眉間に皺を寄せたままのハーレイにブルーが笑う。 『ハーレイ、人は知ることのできる生き物だ。知らなければこれから知ればいいことじゃないか。違うかい?』 「仰るとおりです」 ふう、とため息を吐いたハーレイの横で、ジョミーは耳まで赤くなっていた。 自分の無知さが恥ずかしい。そりゃあ、今までミュウと一緒に過ごすこともなかったわけだし、知らないから仕方がないと言ってしまえば簡単なことだけれど、それでも同じ人なのに。 知らなかったことが、知ろうとしなかったことが、恥ずかしい。 「す、すみませんでした・・・」 「いや、私も悪かった。君は、確かジョミー君と言ったかな」 何故名前を知っているのだろうと瞳を瞬かせたジョミーに、ハーレイが笑った。そうすると意外なほど若く見えて、この人もひょっとしたらミュウなのだろうかと考える。 「最近教授方の間で君の話をよく聞くのでね。成績優秀で勉強熱心な学生が入学したと」 「いえ、そんな・・・」 まさかこんなところでその話を聞くとは思わなくて、ジョミーは内心冷や汗をかいた。 実は人探ししてただけなんです、なんて言えない。 しかもそれがソルジャー・ブルーその人でしたなんて。 うん、これは黙っておいた方がいいに違いない。 そんなジョミーに構わずハーレイが思い返すように頷く。 「いや、謙遜することはない。確かに君の入学試験は素晴らしいものだったのだから」 教授たちの噂話といい、入学試験の内容といい、そんな内部事情を知っているこの人は何者なのだろう? 「あの、あなたも教授なんですか?」 『ハーレイは、この大学の理事長だよ』 「あ、そうなんですか・・・・って、はい?」 ああもう、今日は吃驚箱でも持ち歩いてるんじゃないかっていうぐらい驚きの連続だ。まさかソルジャーの次に理事長が出てくるなんて。 「まぁ、所謂皆の雑用係だ。気にしないでくれたまえ」 『そう言いながら一番厳しいのは誰だい?』 「それはあなたが・・・!・・・っと、危うく誤魔化されるところでした。ソルジャー・ブルー。あなたがどうしても講義をしたいというから今回の準備をしたのに、最後の打ち合わせにあなたが顔を出さなくてどうするんですか!」 もう皆既に待っているんです。さっさと来てくださいと先ほどの笑顔なんて嘘のように厳しい顔つきでブルーを睨んだ。 『ああ、分かっている。すまない、ハーレイ』 「私に言ってどうするんです?講義の間あなたをサポートするリオに言ってください、そんなことは」 行きますよ!とハーレイに急き立てられるようにジョミーの机から離れて行くブルーが、ふと振り返った。真紅の瞳が何か言いたげに揺れたような気がしたのは気のせいだろうか。 ただそれも一瞬のことで、にっこり笑って片手を軽く上げた。 『では、また講義で』 「あ、はい!」 ジョミーは、遠ざかるブルーの背中が教室を出て見えなくなるまで見送った。 最後に見えた紅い色が。 頭から離れないのはどうしてだろう。 「・・・それにしても吃驚したなぁ」 ソルジャー・ブルーがあの人だったこと自体、もうどう考えていいのか分からない。 だけど。 「そっか・・・あの人がソルジャー・ブルーなんだ」 憧れて、憧れて。 その研究を手伝いたいと思った人が。 「ふふ・・・」 胸の奥で欠けていたピースがかちりとはまるような。 どこか満ちるような温かな想いに知らず笑い声が零れた。 「なに笑ってるんだ、お前?」 「サム・・・」 いつの間に来たんだと見れば、サムがこれまた不審そうに覗きこんでいる。今日はよくよく不審そうに見られる日だ。それが可笑しくてまた笑ってしまう。 「おい、ジョミー?」 どうしたんだよ、何か変なものでも食べたのか?と慌てるように尋ねるサムに、なんでもないと答えてジョミーはとすんっと腰を下ろした。 講義まであと少しばかり。 いつの間にか教室は人で溢れ返っていた。 END あれ?ハーレイが意外に存在を主張している。予定ではそんなでもなかったはずなのに。とりあえずお互いの名前を知るところまでようやく辿り着きました・・・。先は長いな(汗) →ブラウザのバックボタンでお戻りください。 |