蒼い、蒼いあの星で


[9]







大切だった。

あの人も。

あの人の願いも。

あの人の守りたいものも。

僕には、全部・・・全部大切なものだったんだ。






『・・・で、どうして・・・なんだ?』

「さあな。・・・にだって分からないさ」

声が、聞こえた。
不安そうに揺れる柔らかな声と、ぶっきらぼうだがどこか優しさを含んだ声。
まるで壊れたラジオのように途切れ途切れにだが頭に響く会話に、やけに重い瞼をなんとか抉じ開けた。最初に見えたのは真白な天井と揺れる銀の髪。

・・・?・・・天、井・・・って?・・・あれ?なんで僕は・・・。

「目を覚ましたか?」

「・・・え?」

『ジョミー!』

突然視界に入り込んだ黒髪に瞳を瞬かせる。肩近くまで伸ばされた黒髪に、長めの前髪の間から覗く薄水色の瞳が、驚くジョミーからついと隣に移された。

「良かったな、ブルー」

『本当に良かった。大丈夫かい?どこか痛い部分とか・・・』

「え?え?・・・ええ?」

心配そうに上から覗き込みながら、矢継ぎばやに質問をする真紅の瞳にジョミーの驚きは頂点に達した。

なんで!?
どうしてここにソルジャー・ブルーが!?
・・・っていうか、この頭の下の柔らかな感触は・・・!?

慌てて身を起こそうとして、いけない!とブルーに押しとどめられた。
そのまま寝かされて自分の頭が、今、ブルーの膝の上にあることを再認識してしまう。

あの、ソルジャーの膝枕?
ど、どどどどどうしよう・・・?

冷や汗がたらりと流れたのはきっと気のせいじゃないだろう。身体を起こすことはどうやら許されないようなので、本当はすごく居たたまれなかったのだけれど、そのまま上を見上げた。下から見上げるとちょうどブルーのすらりとした首筋が目に入って心臓に悪い。どきどきしながらとりあえずの疑問を口にする。

「あ、あの・・・どうして僕は・・・」

「覚えていないのか?打った拍子に螺子でも抜けたんじゃないか」

『キース!彼は倒れたんだ!覚えてなくて当然だろう?』

キースと呼ばれた黒髪の男に、ブルーが眦を釣り上げる。どこか他人とは言えないような二人の間に流れる親密な空気に、ジョミーの胸がちくりと痛みを訴えたけれど、だけどそれはあまりにも小さなものだったので、驚きで麻痺したジョミーは気づかなかった。

『まったく、君ときたら!言葉を選びなさいといつも言ってるだろう?ジョミー、すまない、口が悪いがこいつも悪い奴ではないんだ』

「あ、いえ。そんな・・・」

『よっぽどジョミーの方が大人だな、キース。ああ、それでね、ジョミー。君は図書館への道の途中で倒れてここ、僕の研究室なんだけど、運ばれたんだ』

彼がちょうどその場に居合わせてここまで運んできてくれたんだよ。

そう微笑むブルーに、首を傾げる。
彼、キースと言ったっけ。そのキースが居合わせて何故ブルーのいる研究室なんだろう?普通は医務室だったりするんじゃないだろうか。

『ああ、それは・・・』

「名前を呼んだだろう?」

名前?意味が分からずぽかんと見上げるジョミーに、キースが面白そうに片眉を上げた。

「やっぱり螺子でも飛んだんじゃないか?」

『だから!もう、キースは黙ってなさい!』

再び眦を釣り上げたブルーと、くつくつと笑うキース。先ほど感じた親密さをもう一度感じて、ジョミーは知らず身じろいだ。それを起き上がると思ったのか、ブルーがだめだよと覗き込む。紅玉のような真紅の瞳に見つめられ、鼓動が早鐘のように煩くなる。

『ジョミー、何も心配はいらないから、ここでゆっくりしていきなさい』

「でも・・・迷惑をおかけする訳には・・・」

『迷惑だなんて、ジョミー、僕は・・・』

何かを言いたそうに、だけどそこで思念を閉じてブルーはジョミーを見つめた。至近距離だから彼の瞳が揺れているのが分かる。何を、言いかけたんだろう?知りたくて名を呼ぼうとした時、がらりと研究室の扉が開いた。

『ソルジャー、頼まれていた薬をお持ちしましたよ』

落ち着いた優しい声。視線を向けると、先日の講義でブルーの傍にいた青年だった。短い金髪は少しくすんだ鈍色を放ち、透き通るような薄黄緑の瞳がジョミーの視線に気づいて、嬉しそうに微笑んだ。

『良かった!目を覚まされたんですね。皆心配していたんですよ?・・・っと、そうするともうこの薬は必要ないですね』

手に持った薬―――どうやら気つけ薬のようだ―――を見て、ブルーを見る。

『すまない、リオ』

『いえ、ソルジャー。薬なんて使わない方がいいに決まっています。じゃあ、僕はもう一度これを返しに医務室に行って来ますね』

『頼んでもいいかい?』

『ええ、もちろんですよ、ソルジャー』

僕はあなたをサポートするためにいるんですからね。

笑ってリオと呼ばれた青年が研究室を出て行く。どうしてだろう。彼の思念による声を聞いているととても懐かしい。ずっと、ずっと前から知っているような・・・。空気のように自然に受け入れられる思念。

「今の人は・・・」

『リオかい?彼は僕の助手だよ』

とても優秀な人なんだと笑ってブルーが顔を上げた。腕を組み近くの本棚に寄りかかりながら、こちらを見ていたキースを、次いでジョミーを見る。

『そう言えば紹介がまだだったね。彼はキース。君と同じこの大学の学生で機械工学を専攻しているんだ。ああ、君のことは君が倒れている時に紹介してしまっているんだけど・・・』

「ジョミーだったな」

腕を組んだままキースが口を開いた。

「倒れた原因は分かっているのか?」

「・・・え?」

唐突な質問に思わず問い返す。質問の意味が分からなかった。

「倒れた原因は分かっているのかと、聞いたんだ」

薄水色の瞳が、何かを確かめるように細められた。原因と言われても、ここのところの寝不足ぐらいしか思い当たらない。ああ、それと暑さのせいもあるかな。考え込んだジョミーに、キースが短いため息を吐いた。

「ブルー、さっきの話だが、よく考えた方がいい」

『キース・・・』

「ではな。俺も図書館へ行く予定だったのでこれで失礼する」

お前も体調管理ぐらいちゃんとしろよと言い残して研究室を出て行ったキースと、残されたブルーのあまり浮かない表情に、一体何の話なんだろうとぼんやりジョミーは思った。










END




キース登場!ここでのキースはぶっきらぼうさんですが良い人です。というか、地球の人はみんな良い人がコンセプトでお話書く予定なので。皆大好きだから。皆に幸せになって欲しいから。うん、皆で幸せになるんだ!!


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