蒼い、蒼いあの星で


[14]







光だと思った。

全てを照らす光だと。



―――あなたが。

―――君が。



”僕を照らすたった一つの光”






「ブルーっ!!」

彼の気配を追うことなんて、目を瞑ったまま歩くことよりも簡単で。跳んで、飛び込んだ場所にうずくまるブルーの姿を見つけ叫んだ。ぴくりと震えた肩が確かに自分の声を彼に届けたと分かるのに、振り返ろうとしない彼に唇を噛む。

「迎えが来たようだな」

「キース・・・」

ゆっくりと本棚から身を起こしたキースが、ジョミーを見る。記憶の中のキースよりも随分と若い姿に不思議な気持ちがした。だけど、確かにその眼差しはあの時の彼を彷彿とさせるもので、それがひどく懐かしかった。
後は任せたとばかりにキースが踵を返しかけ、だが数歩進んで立ち止まる。
しばしの沈黙の後、振り返ることなくぽつりと呟くように言葉を紡いだ。

「・・・ジョミー、そこにいるのは・・・ただの馬鹿者だ」

「分かってる」

はっきりと頷いたジョミーに、そうか・・・と呟きその場を後にしたキースが小さく笑ったように思えたのは気のせいか。あの時最期を共に迎えた彼がその仏頂面の裏でとても優しい心の持ち主だったことを思い出し、変わらないなと思う。キースが立ち去った後、しんと静まり返った図書館の天井を一度仰ぎ、次いでジョミーはブルーの背を見た。あの頃追いかけ続けた背は、今でもやっぱり細いままだった。

「ブルー・・・」

そっと囁くように名を呼びブルーに歩み寄ろうとした瞬間、ブルーが頭を振った。

『・・・ダメだよ。ジョミー、ダメなんだ』

「・・・何がダメなんですか?」

応えずダメなんだと何度も繰り返すブルーに構わず歩み寄る。振り返ることなく自分を守るようにうずくまったままのブルー。強くて。優しくて。そしてどこまでも自分勝手で卑怯な人。こんなにも愛しい人を僕は他に知らない。知りたくもないし、知ることもないだろう。

『僕は君の傍にいられない』

「何故ですか?」

『それは・・・僕は君を・・・』

「僕を?」

僕を何です?ブルー・・・。

『ジョ、ミー・・・』

反射的に逃げようとする身体をそっと背後から抱きしめた。まだ成長途中の身体だからすっぽりとはいかない。それでも相手だってたいして変わらない体格だ。
逃がさない。逃がすものか。

「ブルー・・・あなたはあなたが苦しんでいることが、僕にとって何の意味もないことだと知らないんですね」

『・・・っ』

頬に触れる柔らかな銀糸に、想いが溢れる。
伝えたい、この想いを。
溢れるほど胸に満ちるこの、あなたへの想いを。

全ての想いを込めて、信じてもいない神にさえ祈るように言葉を紡ぐ。

「僕は一度だって自分の人生を後悔したことも、あなたを恨んだこともありません」

だってそうでしょう?あなたに逢えた運命を何故僕が恨むんです?

「すまない・・・なんて言わないでください。僕はあなたの願いを叶えたかった。僕が、そう願ったんです。他の誰でもない、僕が」

『ジョミー・・・ジョミー・・・』

ただ自分の名を繰り返すブルーに、ジョミーは笑った。天才と呼ばれるソルジャーが今は子供のようだ。本当にこの人は頭がいいんだか、馬鹿なんだか。
僕を見てください、とブルーの身体の向きを返る。呆然と見開かれた真紅の瞳に、自分の瞳がようやく映ったことが嬉しくて微笑んだ。

「あなたに逢えた運命・・・何度生まれ変わろうと僕は何度だって選ぶんです。あなたが選んだんじゃない。僕が選ぶんだ、あなたを」

それなのにあなたはどうして僕を拒むんですか?

『っ、僕には・・・そんな資格などないんだ・・・』

僕はひどい奴だから・・・。

「そんなの知ってます。今さらだ。ねぇ、そんなにも資格が必要なんですか?それがなければダメなんですか?それがあれば傍にいてくれるんですか?」

息をのみ、震える声で紡がれた言葉に、ジョミーは柔らかな笑みを浮かべた。
本当にどうしようもない人だ。
どうしようもない。けれどどうしようもなく愛しい人。

「資格なんてもの本当は必要なんかない。でもあなたが必要だと言うなら。僕は、ブルー・・・、あなたの傍にいたい。あなたの傍にいたいんです」

それで十分だと思いますけど?

『・・・ジョミー・・・』

見開かれた真紅の瞳から、ぽつりと涙が零れ落ちた。頬を伝う真珠のように煌めくそれを唇で受け止め、囁く。

「あなたがまだそれでも資格がないって言い張るのなら、あなたが納得するまで僕は幾らだって資格なんてもの、作ってあげます」



だから・・・傍にいてください。

お願いだから僕の傍に。



ゆっくりと重ねた唇は、今度は拒まれることはなかった。



重ねた想いと想いが一つになって混じりあう。
泣きたいほどに、優しい想い。
全てを包み込んで、心の一番奥底まで光を届ける。



『・・・君は・・・いつだって僕を救ってくれるんだね・・・』

泣き笑いのように微笑んだブルーがジョミーの頬に両手を添える。その手にそっと口付けてジョミーは笑った。

「何言ってるんですか。悔しいけどあなただって同じです」

『僕が?君を?』

驚くように瞳を見開いたブルーに、憮然とした表情でジョミーは頷いた。

「ええ。とんでもない奈落に突き落とすのもあなたで、でもそれを救ってくれるのもやっぱりあなたなんですから」

『・・・それは・・・喜んでいいことなのかな・・・?』

どうとればいいんだろうかと困ったように首を傾げたブルーにもちろんですとジョミーが力強く頷く。

「喜んでください。あなたほど僕の心を動かす存在はいないってことなんですから!」

こつんと額を合わせてジョミーが笑う。ブルーも笑った。
本当に久々の、心からの笑顔。
温かな想いに胸が熱くなる。
彼の存在が、彼の心が、泣きたくなるほどに嬉しかった。

『・・・ありがとう、ジョミー』

「そう思うなら、少しは反省・・・してくださいね」

実のところ、僕、今回はかなりへこんだんですから。

すんと拗ねたように半眼を伏せたジョミーに、同時に16歳の彼が透けて見えて嬉しくなった。ああ、そうなんだ。消えるんじゃない。一つになったんだと。彼は彼で、彼なんだ。
僕の愛した、たった一つのジョミーという存在。

『そうだね。反省してる。これ以上はないっていうぐらい反省してるよ』

「それが嘘じゃないことを祈ってます」

真紅の瞳と緑の瞳。くすくす笑い合って、抱き合って。
どちらからともなくもう一度重ねた唇は、ハチミツのように蕩けるほど甘くて。
なのにどこか少しだけしょっぱい涙の味がした。










光が欲しかった。

全てを照らす光が。

諦めた振りして。

逃げ出して。

それでもずっとずっと欲しかったんだ・・・。










END




ぎっぷりゃぁああと叫んでみたり。すみません、ちょっと恥ずかしさに悶えてます。

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