蒼い、蒼いあの星で


[15]







ジョミーはブルーと二人ステーションに来ていた。
第三惑星で開かれる学会にブルーが出席するため月面都市を離れるのを見送りに来たのだ。ブルーが搭乗手続きを済ませている間、ジョミーは大きな荷物を抱え忙しなく行き交う人々をカウンター傍の長椅子に腰掛けながら眺めていた。







あれから・・・記憶が戻ってから二週間が経っていた。

あの後、二人ブルーの研究室に戻ると、リオが約束通りとっておきのお茶を入れて待っていてくれた。リオのお茶はあの頃と変わらず優しい味がして、なんだかくすぐったいような懐かしさに涙が零れそうになった。

そう言えばと、フィシスのことを話すと二人とも懐かしそうに目を細めたが、逢いたい?と聞いたら少し考え込んでからブルーが答えた。

『逢いたくないと言えば嘘になるが、彼女がまだ目覚めていないのなら、不必要な接触は避けた方がいいだろう』

どうやら記憶の目覚めというものは個人差があるらしい。
夢としか認識しない者もいれば、はっきりとそれが前世の記憶だと認識する者もいる。もちろんまったく記憶の欠片さえない者もいて、一概に全ての者が記憶を取り戻す訳ではないというのが、ブルーの長年観察を行った結論だ。ただ、人よりもミュウの方が少しばかり敏感で、思い出す者もやっぱりミュウの方が多いらしい。

『それに今の生活もありますからね。楽しい記憶ばかり・・・という訳にもいきませんし』

リオも頷きながらブルーの意見に賛同を示す。

「でも・・・もし目覚めた時怒るかもしれないですよ?」

まだ何も知らなかった頃、フィシスと二人で夢の話をした時、彼女が幸せそうに話していたのを思い出して言えば、ブルーが笑った。

『その時は皆で潔く怒られればいいさ』

『え?私もなんですか?』

ジョミーの空になったカップにお茶を注いでくれていたリオがブルーを見る。

『もちろん』

連帯責任だよ。

くすりと笑ってブルーがカップに口をつける。

元気になった途端こうなんですから・・・とジョミーを見て肩を竦めたリオが可笑しくて笑った。
こんな穏やかな時間は久々かもしれない。
リオがいて。そして何よりもブルーがいる。
それがとてもかけがえのないものだと、決して失えないものだと改めて思う。

『ジョミー、どうしたんだい?黙り込んでしまって』

「いえ、何でもないです」

不思議そうにジョミーを覗き込んだブルーに、笑って首を振る。
嬉しい・・・なんて言葉じゃ表したりないこの想いを。
いつか言葉にできる日が来るのだろうか。
伝えられるだろうか、余すことなく全てを。
いつか、いつの日にか。
伝えられたらいいと、祈るように思った。






『ジョミー、手続きが済んだよ』

「あ、はい」

いつの間にかぼんやりしていたようだ。
掛けられた声に慌てて立ち上がると、ブルーがかちりとしたスーツに身を包み立っていた。足元には旅行鞄。一週間ほどの日程だからそんなに荷物は多くないが、それにしたってブルーの鞄は小さいような気がする。

「意外に荷物少ないですよね」

『ああ、これかい。うーん・・・学会で年に何度も行く場所だからね。向こうに部屋を借りているんだ。必要なものは置いてあるから荷物は本当に最低限でいいんだよ』

「そうなんですか・・・」

整理整頓能力のないブルーしか使ったことのないその部屋がどうなっているのか想像しかけてやめる。きっと想像したらいけないんだろう。そんなことを考えていると、時計を見てブルーが悪戯っぽく笑った。

『まだ搭乗時刻までは時間があるみたいだね。そうだ、ステーションには僕のお気に入りの場所があるんだよ』

「お気に入りの場所ですか?」

首を傾げたジョミーが、笑うブルーに連れて来られたのは、いつかの日、そう、初めて月へとやって来た時に地球を眺めた一面硝子張りのロビーだった。
硝子越しに、あの時と変わらず美しい輝きを放つ蒼い星が静かに浮かんでいる。

『ここから見る地球が一番近くて一番綺麗なんだ』

嬉しそうにジョミーを振り返ったブルーがそのまま地球に吸い込まれてしまいそうで、思わずその腕を掴んでいた。

『ジョミー?』

「・・・あ、いえ・・・」

そんな訳ないのにと笑って誤魔化し、ブルーの隣に立つ。

「綺麗・・・ですね」

かつての自分が最後に見た地球は、赤く荒廃しきった星だった。
その星が、今再び蒼い輝きを放つ星へと戻ろうとしている。
いまだ人を受け入れることのない星だけれど、それでも少しずつ自らの傷を癒し、大地に緑を甦らせ、生命溢れる母なる星へと。

『そうだね。人を、生命を拒む星とは信じられないぐらいにとても綺麗だ』

人はなんて愚かな生き物なのだろう。
こんなにも美しく、かけがえのない星を破壊することしかできないなんて。

硝子にそっと手を触れてブルーが悲しそうに眉を寄せた。
近くて遠い蒼い星。

「ブルー・・・」

『それでもね、ジョミー。この間の調査の結果、あの星にほんの小さな微生物だけど生命が生まれていたんだ』

「え!?本当ですか?」

ビッグニュースに驚いてブルーを見ると、嬉しそうに頷いた。

『ああ、本当だよ。少しずつだが、地球は再生し始めている。僕の力なんて大したものじゃないけれど、少しでもその助けになりたいんだ』

憧れて、焦がれた蒼い星。

一朝一夕でできることじゃない。
それこそ気の遠くなるような時間がかかるだろう。
終わりなんて見えないに等しい。
それでも自分にそれを手伝うことが少しでもできるのなら。

「僕も・・・僕もそう思います」

勢い込んで告げたジョミーに、ブルーが柔らかく微笑んだ。

『終わりなんてないかもしれない。人はまた同じ過ちを繰り返してしまうかもしれない。それでも手伝ってくれるかい?』

「もちろんです!僕はそのためにここへやって来たんですから」

あなたの助けにずっとなりたかったんです。

『・・・ありがとう』

泣き笑いのように微笑んだブルーが硝子に置いた右手に、自分の左手を重ねる。
そうして二人並んで、静かに輝く蒼い星を眺めていた。






今度こそ、二人で一緒に叶えよう。

君の夢を。

僕の夢を。

泣きたいほどに愛しくも美しい。

蒼い、蒼いあの星で。










FIN




ようやく完結です。思う所は多々ありますが、ひとまず最大目標である幸せな二人を存在させることができて満足しています。また、書ききれない部分や見苦しい部分、色々ありますが長い間お付き合い頂きありがとうございました。つたない文ですが、少しでも皆さんに楽しんで頂けたのならこれに勝る喜びはありません。本当にありがとうございました。

→ブラウザのバックボタンでお戻りください。