ネガウ、ミライ。






「じゃあ、みんな準備はいいかな?」

「「はーい、せんせぇ!」」

ここは動物園の正門前。
期待に瞳を輝かせた幼子たちが、待ちきれないとばかりに声を上げた。
明るい水色のスモッグに黄色の帽子。
背には思い思いの色とりどりなリュックを背負って、ブルーを見上げる子供たち。

今日は、皆が待ちに待った遠足なのです。

「ふふ、元気だね、みんな。さあ、みんなは誰に会いたい?」

「わたし、ペンギンさん!」

「ぼくはキリンさん!」

「わたしわたし、ライオンさーん!」

きゃあきゃあと声を上げる園児たちに、自然とブルーも笑顔になる。
遠足は、入園してから子供たちにとって初めてのお出かけ行事であるが、保父としてはただ楽しいだけでは終われない。子供たちが楽しめるように、迷子にならないように、ケガなんてしないように常に気をつけなければならない慎重さが要求される仕事である。
それでも、これだけ喜ぶ子供たちを見ると、心にあった少しの心配も不安も淡雪のように溶けてなくなるからこの仕事はやめられない。

「ブルー、入園の許可が下りましたわ。あちらの団体専用口から入園してくださいとのことです」

「ありがとう、フィシス。それじゃあ、みんな、隣の子と手を繋いだら僕について来て」

「「はーい!」」

元気な返事に頷いて歩き出そうとしたら、不意に、くんっとエプロンの裾を引っ張られた。
こんなことをするのはこの子しかいない。

「・・・ジョミー?」

「ブルーとつなぐの!」

迷いなくまっすぐに、小さな手が差し出された。

ジョミーの隣にいた子はどうしただろうと思って列を見ると、面倒見の良いスウェナがサムと二人で、ジョミーと手を繋ぐはずだったレティシアの手を繋いでいる。視線に気づいたスウェナが、にっこりと笑顔で返した。

・・・どうも二人はジョミーに甘い気がするような・・・。
もっとも自分もそうだと自覚してはいるけれど。

「ブルー?」

少しだけ揺れるような声が名前を呼ぶ。
しょうがないなぁと小さく笑ってジョミーの手を取った。
本当は甘やかし過ぎてはいけないのだが、一生懸命差し出される手を拒める人がいたらお目にかかりたいものだ。
頬を真っ赤にして見上げる緑の瞳に頷く。

「さあ、行こうか?」

吹き抜けた穏やかな風が、緑輝く木々を揺らした。







「わぁ、ペンギンさんがあるいてるよー!」

「あ、おさかなさん、たべたー!?」

動物園は広い。

もちろんそれはたくさんの動物を飼育するためだが、歩き回るのはそれなりに大変だったりする。それでも疲れたなんて口にしないで、元気よく歩く園児たちにブルーも目を細めた。

ちょうど今いる場所は、南極の氷を彷彿とさせる造りをしたコーナーで、ペンギンやオットセイが気持ち良さそうに水辺に集っていた。

確か園内の中央辺りだったかな、とブルーは手元にある地図を見る。
キリン、ラクダ、カバにライオン、そうそうサルのコーナーではおやつを取られた女の子が泣き出して大変で。それでも大きな事件もなく、子供たちは初めて見る本物の動物たちに大興奮。嬉しそうな歓声が響く度、ブルーの顔も綻んでしまう。
そう言えば、と手を繋ぎ並んで歩くジョミーを見た。

「ジョミーはもう会いたい誰かには会えたかな」

「まだ」

でももうすぐのはずだよ!と嬉しそうに笑うジョミーに、少し考える。

「次は・・・確かゾウさん、だったかな」

ジョミーはゾウさんが好きなのかい?問えば、うん!と勢いよく頷かれた。
きらきら期待感に満ちた瞳が前を見ている。
そうこうする内に、ジョミーお待ちかねのゾウさんコーナーが見えてきた。
途端、早く、早く、と急かされるように引っ張られ、駆け出しそうになるのを堪えながら心持ち早足になる。

「わぁ、ゾウさん、おっきいー!!」

一番乗りをしたジョミーが嬉しそうに叫んだ。
他の園児たちも、次いできゃあきゃあとゾウの柵の周りを囲む。

人工的に造られた水を湛えた堀の向こうに、アフリカゾウが飼育員からリンゴをもらって食べていた。長い鼻で器用に丸いリンゴを掴み、口へと運ぶ。かしゅり、かしゅりと響く音が距離のあるここまで届いた。

「お食事中みたいだね、ゾウさん」

「ゾウさん、あのバケツいっぱいのごはんたべるの?」

指差された先、飼育員の後ろにあるバケツにたくさんの果物が入っているのが見えた。

「そうだね、ゾウさんは身体が大きいからいっぱい食べないといけないんだよ、きっと」

「・・・いっぱいたべたらゾウさんみたいにおおきくなれる?」

おや?とジョミーを見ると、とても真剣な表情でゾウを見ている。

「ジョミーは、大きいからゾウさんが好きなのかい?」

「うん!ぼくもあんなふうにおおきくなりたい!」

思わず柵の向こうでリンゴをしゃくしゃく食べるゾウと、拳を握って力説するジョミーと見比べてしまった。山のように大きなゾウとちんまり小さなジョミー。ついでにジョミーより大きいとは言え、ゾウに比べたら一足でぷちりといきそうな自分。

「・・・お、大き過ぎないかなぁ」

「なんで?はやくおおきくなって、ブルーとけっこんしたいんだもん!!」

ああ、そうか。入園式の日の言葉を君は忘れていないんだね。
ふっと心に温かな想いが満ちる。
だけど、ゾウのようにいっぱい食べたからと言ってジョミーの望むような「大きく」になることはない。・・・間違いは訂正した方がいいのだろうか。

「あのね、ジョミー」

「なあに、ブルー?」

早く大きくなりたい!ブルーが大好きなの!!そんなきらきらした瞳に何が言えるだろう。
結局、ブルーの口から出た言葉は遠回しなものだった。

「ジョミーがそう思ってくれるのは嬉しいけれど、ゾウさんぐらい大きいと、僕は潰されてしまうかもしれないよ?」

あ!という顔でジョミーが固まる。

「だめ!それはだめ!!」

ブルーがつぶれちゃうのはだめ!!泣きそうに歪んだ顔に、慌ててジョミーを抱き上げる。
しまった、泣かせるつもりではなかったのに。
覗き込むと、目尻に盛り上がった涙が今にも零れ落ちそうで。
小さな身体をブルーはぎゅっと抱きしめた。

「ぼ、ぼく・・・はやくっ、おおきく、なりたい、けど・・・」

ブルーをつぶしちゃうなんてやだぁ・・・としゃくり上げるジョミーに、優しく背中をさする。

「大丈夫。大丈夫だから、ジョミー」

「だ、だって・・・おおきく、なれない・・・」

「大丈夫。僕はジョミーが大きくなっても潰されたりなんかしないから。ごめんね、変なことを言って」

ほんとう?とまだ泣きそうな顔で見上げられ、頷く。
優しいブルーの眼差しに、潤んだ緑の瞳がようやく笑った。

「よ、かったぁ・・・。ぼく、おおきくなってもだいじょうぶ?」

ブルーつぶしちゃったりしない?

「しないよ。大丈夫だよ」

重ねられた言葉に安心して、ブルーの肩口に顔を埋めるジョミーの頭を撫ぜながらブルーは小さく囁いた。

「でもね、ジョミー?これだけは忘れないで。」

「ブルー?」

優しい声に見上げると、ブルーの真紅の瞳が柔らかく細められた。
ジョミーの大好きな綺麗な綺麗な、紅い宝石。

「今のままのジョミーで僕は大好きだから」

焦らなくていいよ。
急がなくていいよ。

「ゆっくり大きくなろうね」

その時見たブルーの笑顔は、まるで天使さまみたいだとジョミーは思った。



それでも。
おねがい、かみさま。
ぼくははやくおおきくなりたいです。


だいすきなひとのそばにいられるように・・・。










END




気がつけば周囲の園児はどこへ行った・・・(あれ?)
すみません。私は二人の世界が大好きみたいです。

ところでゾウさんですが・・・以前タイに行った時、バカみたいに「ゾウさん」グッズを買いました。でも驚いたことに、「ゾウさん」で通じるタイ・・・。どれだけの日本人が「ゾウさん、ゾウさん〜」と言っているのか少し笑えました。ええ、私もその一人ですが(笑)


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