ソノチイサナ、テ。







保育士の仕事は様々だが、中でも子供たちの作った作品を教室内に飾ることはとても重要な作業である。保護者への配慮から見栄えをよくするということもあるが、子供たちが自分の作った作品を眺めたり、他の子供の作品に触れる機会でもあるのだから、自然保育士側にとっても力の入る作業となる。今日もそういった作業で、先日子供たちが描いた「将来の夢」という題名の絵を教室後ろの壁に飾ろうとしているところだった。
低い場所はともかく、高い場所へ飾る時にはどうしたって手が届かないので、椅子の上に乗り手際よく画鋲で止めていく。何枚か飾り終えたところで手持ちの画鋲が残り少ないことに気がついた。その時背後から名を呼ばれた。

「ブルー?なにしてるの?」

「ああ、ジョミーかい。みんなの絵を飾っているんだよ」

いつものように元気なジョミーに微笑んで答えると、ジョミーが顔を輝かせた。

「ぼくもてつだう!」

「ありがとう、ジョミー」

じゃあ、そこにある絵を取ってくれるかな。

はい、っと小さな手から差し出された絵を、ありがとうと言って受け取り、壁に貼りつけた。続いて二枚、三枚と貼っていく。その時、ふと目の端に止まった右上の画鋲。取り残されたようにぽつんと残されたそれを再利用しようと手を伸ばすが、もう少しで届きそうで届かない。思い返せば椅子を少しずらせばいいだけの話で、ここで横着なんてしなければ良かったのだが、人間届きそうだと思うとついムダに頑張ってしまうのだ。あと少しなのに・・・といっぱいいっぱいまで伸ばした指が触れそうだと思った瞬間。悲鳴が上がった。

「ブルー!あぶないよ!」

しまったと思った時にはもう遅かった。
身体がぐらついたのが、ぶれる視界で分かったけれども、重力の法則には誰も逆らうことなどできなくて。あ、と思う間もなく椅子から落ちた・・・と思ったら、硬い床の衝撃の代わりに何か柔らかいものを感じた。え・・・?と思った耳に届いた小さな呻き声。嫌な予感に慌てて身を起こす。

「ジョ、ジョミー!!」

自分の身体の下敷きになっている小さな身体を抱き起こした。いくら低い椅子から落ちただけとは言え、ジョミーと自分の体格差を考えるとその小さな身体が受けた衝撃は決して小さなものではなかったはずだ。さっきまでジョミーは自分の背後にいたのだから、きっと自分をかばって下敷きになったのだろう。瞳を開けないジョミーに、血の気が引いていくようだった。

「誰か・・・ハーレイ!ハーレイ!」

ぐったりとした身体を抱き上げ、叫ぶ。心配で、不安でどうしようもなかった。

「ど、どうかされたんですか、ブルー?」

ブルーの叫びに、慌てて飛んできたハーレイも状況を見てとり、半ば放心したようなブルーの腕から急いでジョミーを抱き上げ保健室へと運ぶ。月組のフィシスも騒ぎを聞いて飛んできた。他の園児達も心配そうにベッドに寝かせられたジョミーを遠巻きに見ていた。
医師免許も持つ花組担当のリオが、ジョミーの腕を動かし、閉じた瞼を開き確認している。それをただ見守ることしかできない自分が歯痒かった。不安で。ジョミーのことだけ頭の中はいっぱいで。だから、リオに名を呼ばれたことすら最初は気づかなかった。

「・・・ルー?ブルー?聞いていますか、ブルー?」

「・・・え・・・?あ・・・」

目の前でリオがにっこりと笑った。手を差し出され、ジョミーの傍へと引き寄せられる。ベッドの上、眠るように瞳を閉じたジョミーの姿に肩が震えた。そっと励ますようにリオの手に力が込められる。

「・・・大丈夫ですよ、ブルー。少し衝撃で気を失っているだけです。外傷もほんの少しのかすり傷ですし。打撲もしていないみたいなので、このまま目が覚めるまでそっとしてあげてください」

はい、絆創膏です。

ブルーに手当てしてもらった方がジョミーも嬉しいでしょうから、と絆創膏の箱を手渡しリオが笑った。さぁ、みんなジョミーは大丈夫だから教室へ戻ろうねと遠巻きに見ていた園児達を連れて保健室を後にする。ハーレイもフィシスも、ジョミー大丈夫そうで良かったですねとブルーの手に消毒液を手渡し出て行った。
一人残された保健室で、そっとジョミーの顔を覗き込む。白いシーツに散らばるふわふわの金の髪。だけど、いつも宝石のようにきらきら輝く緑の瞳は閉じられたままで、震える手でそっとその金の髪を撫ぜた。

「ジョミー・・・」

応えるように、ぴくりと睫が震える。

「・・・ブ、ルー・・・?だいじょうぶ・・・だった?」

「ジョミー!」

ベッドの上で、うっすらと瞳を開けたジョミーがブルーを見上げた。まだぼんやりしたような意識の中で、それでも自分の身を心配してくれる幼子に、思わず唇を噛んだ。

心配したのだ。
心配で不安で。

どれほど不注意な自分を責めたことか。周囲には十分気を配っていた。まさかジョミーが自分をかばうなんて思わなかった。そんな言い訳なんてどうでもいい。このままジョミーが目を覚まさなかったら・・・そう考えるだけでぞっとした。

「けが・・・してない?」

「僕は・・・大丈夫だよ。ジョミーがかばってくれたからね・・・」

「えへへ・・・ブルーがだいじょうぶでよかった・・・」

ほんわりと微笑み、ベッドからゆっくり身を起こしたジョミーにとうとう堪えていたものが溢れた。ぎゅっと・・・堪えるように閉じた瞳から、それでも堪え切れなかった熱いものがぽたりと床へ落ちる。

「ブ、ブルー?」

ジョミーの声が上擦る。慌てたように伸びた小さな手がブルーの頬に触れた。

「なかないで、ブルー、なかないで」

その小さな手を両手で包み込み頬に押し当てる。この小さな手が、自分をかばったのだ。こんなにも小さな手なのに。一生懸命。ただ自分を助けたくて。

「ジョミー・・・もうダメだよ、こんなことをしては」

君はまだ小さな子供なのだから。

「・・・ごめんな・・・さい」

ブルーをなかせるつもりなんてなかったのに・・・しゅんと項垂れた小さな肩を、そうじゃないと精一杯の想いを込めて抱きしめる。

「助けてくれて嬉しいよ?でも・・・僕がどれだけ心配したか・・・ジョミーは分かってる?」

お願いだから無茶なことはしないでくれ。

この愛しい温もりが消えてしまうことなんて考えたくもない。
それほどに大切なのだ、この存在が。

「・・・でも、ありがとう。かばってくれて」

「ブルー・・・」

ジョミーが大丈夫なことを確認できて、ようやく心から微笑むことが出来た。それが分かったのか、ジョミーもくしゃりと笑う。その額が紅くなっていることに気がついた。

「ああ、おでこにすり傷ができているね」

「だ、だいじょうぶだよ、これぐらい!」

へっちゃらだもんと真っ赤な顔で胸を張ったジョミーに微笑み、そっと絆創膏を貼る。

「手当てぐらいさせてくれ。僕のせいでできた傷なんだから」

ぺたりと貼った絆創膏の上から、そっと口付ける。

「ブ、ブルー・・・?」

ありがとう・・・囁くようにもう一度告げた言葉に、ジョミーが嬉しそうに笑った。



僕をいつだって守ろうとする、君の小さな手。

いつだって温かなその手が・・・どうか傷つくことなどありませんように。










END




≫≫≫リク内容
幼稚園シリーズ。ブルーさんを体を張って庇うジョミー。


80000HITの代理キリリクSSです。今回は申告がなかったので、一人リクでは寂しいので藍晶石さまに代理リクをお願いしてしまいましたv快く引き受けてくださったのに、このようなつたないお話で申し訳ありません。なんだか最初に閃いたお話とかなりイメージが違ってしまいました・・・何故?(汗)とにもかくにも、藍晶石さま、つたないお話ですが、少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。


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