天に咲く花、地に眠る花


[1]







転んで擦り剥いた足が痛くて、痛みにともすれば零れ落ちそうになる涙を必死で堪えながら幼子は森の中を歩いていた。その柔らかな足は地を這う茨に傷つき、背に背負った小さな翼はところどころ枝に引っ掛けたのか血が滲んでいる。
ここは、”惑いの森”。幼子の住む、天上の楽園と対になる昏き地の果てとの間に位置する場所だった。

真っ暗な闇に包まれた森は、どこまでも深く、静けさに満ちている。
なのに、時折聞こえる地の底から湧き上がるような不気味な呻き声。
また、聞こえたそれにびくりと震わせて幼子は唇を噛んだ。

天使長様がいつも口癖のように、ここへは近づいてはいけないって言ってたのに・・・。

あの場所は、呪われた森。
神に造反し、見放された者たちが行き着く場所なのだから。
決して近づいてはなりませんよ。

呪われた場所ってどんなところなんだろう?
見放された者たちって?

ちょっとした反発心と、旺盛な好奇心から足を踏み入れてしまった幼い天使は、あっという間に道に迷って森から出られなくなってしまった。飛んで帰ろうと思い立つも、鬱蒼と生い茂る木々が複雑に絡み合い、幼い天使の翼では飛ぶことすらままならない。おまけに、途中、大きな木の根に躓き転ぶは、崖から転がり落ちるはと散々な目にあって心身ともに疲弊しきっていた。
こんなことならちゃんと天使長様の言いつけを聞いておけば良かった・・・と後悔するも後の祭りで。泣きたい思いと悔しい、それに情けない想いに、必死で涙を堪えてとにかく森から出ようと道を探しているのだが、行けども行けども鬱蒼と茂る木々ばかりで、完全に道に迷ってしまっていた。

「あっ!」

目の前の木の根に気をとられ、その先にあった大きな窪みに気が付かず思いっきり派手な音とともに地面に倒れ込む。前に痛めた足に更なる痛みが上乗せされ、それまでなんとか堪えていた涙がとうとう零れ落ちる。それでも声を出さずに、しゃくりあげるだけに止めたのは小さいながらも持っている矜持のせいか。

「どうしたんだい?」

突然聞こえた優しい声に、吃驚して顔を上げた幼子の眼に飛び込んできたのは、漆黒の闇の中淡く蒼い光を放つ美しい人だった。

「こんな場所で珍しいお客さんだね」

迷子にでもなったのかい?

まるで月のように綺麗な銀の髪に、紅玉を嵌めこんだかのように吸い込まれそうな真紅の瞳。なんて綺麗な人なんだろう。泣くのも忘れて見惚れたまま見上げる幼子に少し考える素振りをして、頷いた。

「ケガをしているようだね。見せてごらん」

そっと柔らかく微笑んで差し出された手を、おずおずと取った幼子をひょいっと抱え込んでその人が優しく擦り剥いた膝にそのすらりとした指先を翳した。
淡い蒼い光が、暗い森を照らす。

「どう・・・かな?まだ痛い?」

「・・・痛く・・・ない」

本当に痛くないのだ。
傷口だって、まだ血がこびリ付いているけれど綺麗に消え去っていた。癒しの力を持つ天使は天上の楽園でも限られている。余程の力がなければ他人の傷を癒すことなどできはしない。大きな瞳をぱちぱちさせて、その人を見上げたら、にっこり笑われた。

「良かった。大丈夫みたいだね」

一人で来たのかい?と問われ、小さく頷くとその人は少しだけ目を瞠ってから優しく頭を撫ぜてくれた。

「怖かっただろうに・・・君は勇気があるんだね」

そんなことを言ってもらえるなんて思ってもみなかったから、怖かったことも痛かったことも忘れてなんだか照れくさいようなくすぐったいような気持ちに自然と笑みが零れた。
真紅の瞳が優しく細められる。

「でも、もうお帰り。ここは君にとって決して安全な場所ではないのだから」

僕が君の世界まで連れて行ってあげよう。

ばさりと、その人の背に翼が広がる。片翼は、自分と同じ純白の翼。そして、もう片方は漆黒の翼だった。白と黒の翼なんて見たことも聞いたこともないけれど、純白の翼は穢れを知らない雪のように白く、漆黒の翼は夜に訪れる安らかな眠りを誘う闇のようにどこまでも深く、とてもとても綺麗だった。

「きれい・・・」

白と黒。

どこまでも対照的な美しさにうっとりと見上げた幼子に、その人が小さく微笑む。

「ありがとう」

さぁ、行こうか。

ふわりと抱き上げられ、翼が大きくはばたく。巻き起こった風にぎゅっとその人の首に腕を回し思わず瞳を閉じれば、次に開けた時はもう、あれほど道に迷った森の上空にいた。

「わぁ・・・!」

遥か下に見える森に、しがみついたまま感歎の声を上げた幼子に、くすりと笑ってその人が幼子の顔を覗き込む。

「君は本当に強い子だね」

笑うその人があまりにも綺麗だから、誰なのか知りたくなった。
また逢いたいと思ったから。
だから。

「僕はジョミー。ジョミー・マーキス・シン」

あなたは?と首を傾げたジョミーの額にそっとその人が口付けた。

「僕はブルー。だけど今日のことは忘れてしまいなさい」

「え・・・?や、だ・・・やだやだ、そんなの!」

こんなに綺麗な人を忘れるなんてできるはずない。忘れたくない。
また逢いたかったから名前を知りたいと思ったのに。
何でそんなこと言うのと、くしゃりと顔を歪ませたジョミーに、ブルーが淡く微笑んだ。

「ジョミー、さぁ、眠るんだ。次に眼を開けたら君のいるべき世界だよ」

「や、だ・・・ブルー・・・」

囁くように告げられた言葉に、どうしたことかジョミーの瞼が急に重くなる。もがくように必死で抵抗したけれど、大きな波のように押し寄せる睡魔に対抗すらできなくて、とうとうジョミーはことんと深い眠りに落ちてしまった。

「ジョミー・・・ジョミー・マーキス・シン」

すぅっと寝入った幼子の柔らかな頬にそっと頬を寄せてブルーは瞳を閉じた。伝わる温もりに心が震える。

「君が僕を忘れても、僕はずっと覚えているよ」

ジョミー、僕の太陽。

君が生まれた時から、君を知っているなんて言ったら驚くだろうか。

君の声は、光すらささない深い地の底まで届いたんだ。

まるでそれは降る光のように。



ずっと、見ていた。

ずっと君の幸せを願っているから。

だから、今はこのまま君を帰そう。



いつか必ずまた逢えると信じているから。










END




天使と堕天使のお話です。や、王道です。本当に。もうきっとどなたかが書かれているに違いないと思いつつも、書きたいという衝動に駆られて書いてしまいましたv
実のところかなりぎっぷりゃあああ・・・な内容になっていく予定です。悶えるぐらいきらきらした二人が書けたらなと思っています(笑)呆れずお付き合い頂ければ幸いです。


→ブラウザのバックボタンでお戻りください。