天に咲く花、地に眠る花 [2] 形さえない想いを語る術がないように。 過ぎ行く時は、誰にも止めることなどできはしない。 天上の楽園は、常春の国。 優しく穏やかな風がそよぎ、長い回廊に面した庭には、様々な花が美しく咲き誇っていた。 そう言えば、伝え聞く地上には四季というものがあるらしいと、ジョミーはぼんやり考えていた。もっともいまだ地上に下りることすら叶わない自分には、それを知る術など書物や話に聞くこと以外にないけれど、夏とは、秋とは、そして厳しくも冷たい冬とは一体どんなものなのだろう。知りたいと、感じたいと、憧れにも似た想いが胸を過ぎる。 あたたかな風にふわりと揺れた金髪が、草原のように鮮やかな緑の瞳を覗かせた。その陽の光を受けて輝く金糸の髪は、まるで絹糸のように艶やかで、それが縁どる端正な顔は、白い肌ながらも健康的にうっすらと桃色を帯びていた。天使に年齢などおおよそ関係のないものだが、14、5歳の少年の姿は、まるで名工の手によって刻まれた彫刻のように美しかった。 「ジョミー!ジョミー・マーキス・シン!」 背後から呼ばれた名に、その声の主を思い、ジョミーはため息を吐いて振り返る。 そこには予想通りというか何と言うか。腕組みをしたキース・アニアンが立っていた。 「ジョミー、天使長様がお呼びだと言ったのが聞こえなかったのか」 肩近くまで伸びた艶やかな漆黒の髪と、薄水色の瞳。 天上の天使の中でも珍しい組み合わせの彼は、非常に優秀で忠実な神の僕だが、何よりもジョミーの心中を穏やかにしないのは、その背に広がる白く大きな翼だ。 同じ年に生まれたということで、幼天使の頃から散々比較されてきて、成績だって負けず劣らずにも関わらず一足先に大人の天使達の仲間入りを果たしてしまったキースは、憧憬とは別に悔しさを伴わずに見ることのできない相手だった。もちろん、そんなジョミーの内心なんてキースは知らないだろうけど。ひたすら神への忠誠を誓う堅物だから仕方がない。 もっともだからと言って彼が嫌いな訳ではない。何事においても公正な彼は、翼が生え変わったというだけで大人面をし、いまだ生え変わらない自分を蔑むバカな天使達に比べたらずっとましだ。 「ジョミー・マーキス・シン?」 「ごめん。少し考え事をしていたものだから」 振り返ったにも関わらず黙ったままのジョミーの様子に、怪訝そうに眉を寄せたキースに小さく笑って謝罪する。考え事というのは本当だ。だから彼の声が聞こえなかったのもわざとじゃない。それが伝わったのか仕方がないなといった体で、キースがため息を吐いた。 「相変わらずだな、お前は。もう少し注意力を身につけたらどうだ?」 「やだなぁ、キース、君までそんなことを言うのか?まるで天使長様のようだよ?」 「む、いや、そんなつもりではないのだが・・・」 少し瞳を見開いた様子が可笑しくて、今度は本当に笑った。それになんだと睨まれ、また、ごめんと謝罪する。二人の間の空気がそれだけで和らいだような気がするから不思議だ。 うん。結局こいつは嫌いになれないんだよな。こういうところがあるからと内心一人思う。 「天使長様が僕に何の用だって?」 「いや、聞いてはいないが・・・また何かやらかしたんじゃないのか?お前は落ち着きがないからな」 「そんなことないよ!ここのところは大人しくしてたんだから」 既にそんなことを言っている辺り、普段の言動が知れるというもの。それに気づかないジョミーは果たして大物なのか。幸か不幸か誰も突っ込むことなどしなかった。まぁ、いいとキースが踵を返しながら振り返った。 「天使長様は聖堂で待っておられる。とにかく急用のようだから遅れず行くんだぞ」 「分かった。ありがとう、キース」 片手を軽く上げてそれに答え、キースが立ち去る。その背に揺れる強く大きな白い翼。それに比べて、いまだ柔らかな羽毛で覆われた自分の小さな白い翼。肩越しに自分の背を見て、小さくため息を吐いた。劣等感・・・という訳ではないが、何故・・・と思う。彼と自分の何が違うんだと。 「・・・っと、いけない。天使長様の所に行かないと」 せっかくキースが伝えてくれたのに、と慌ててジョミーは駆け出した。 天使長は、普段僕である天使達の前にすら姿を現すことのない神と、天使とを繋ぐ重要な存在である。また、それと同時に正天使となるまでの幼い幼天使を養育する立場にもあった。そして、幼天使の年齢を越しながらも、いまだ翼が生え変わらず正天使になれないジョミーを管轄しているのも天使長である。 「天使長様、ジョミー・マーキス・シン、参りました。お呼びだと伺ったのですが・・・」 様々な文様が深く刻み込まれた重厚な造りの扉を押し開き、中へと入る。そこは普段聖堂として使用される場所で、高くアーチ状に造られた天井近く、ステンドグラスが飾られた天窓から差し込む色とりどりな光が、荘厳な雰囲気を醸し出していた。 「よく来ましたね、ジョミー。待っていましたよ」 白い翼をばさりと翻し、艶やかな紫味を帯びた黒髪が揺れる。白磁の肌に髪と同じ色の瞳を持つ天使長の名はマザー・イライザ。偉大なる神、グランド・マザーから全ての天使を預かる者である。その姿は子供の頃から変わることなく美しく、父や母に聞いても同じ答えが返ってくるので彼女が一体どれだけ生きているのか誰も知らない。 もともと天使は長命だ。老いることもない。ただそれは持って生まれた力に比例するため、力ない者はそれだけ早くその役目を終えてひっそりと眠るように存在を消していく。天上の楽園として記録に残り始めた頃からすでに存在するマザー・イライザは、それだけ神に近い存在ということなのだろう。 おいでなさいと、マザー・イライザがふわりと手を差し出した。促され、傍近くへと寄る。そんなジョミーを見つめ、ゆっくりとマザー・イライザが話し出した。 「話というのは他でもありません。貴方にお願いしたいことがあるのです」 「僕に・・・ですか?」 思わずきょとんとしてしまう。それはそうだ。正天使ともなれば仕事をするのは当然の義務だが、どっちつかずの半端なジョミーにとって、幼天使と肩を並べて勉学に励むこともできず、ましてや正天使と共に仕事をこなすことなどできるはずもない。それなのにマザー・イライザは一体何をお願いすると言うのか。首を傾げたジョミーは、しかし、次の言葉に息をのむ。 「ええ、貴方に地上へ下りて欲しいのです」 「え?」 それは体のいい追放では?と冷や汗が流れる。とうとうこんな中途半端な存在は見限られたということなのだろうか。突然のことに固まってしまったジョミーに、マザー・イライザが違うのですと笑った。 「そうではないですよ、ジョミー。貴方は実力で言うなら誰にも負けない天使です。その背の翼が生え変わらずとも立派に正天使となれる実力を備えている。なればこそ、貴方を正天使にと・・・」 「では・・・では、僕を正天使に・・・?」 驚いた。瞳を丸くして見上げたジョミーに、マザー・イライザが優しく頷く。 「ええ、あなたほどの才能をこのまま眠らせて置くのは惜し過ぎます」 これも神の御意志なのです。 マザー・イライザの言葉に、頬が紅潮するのが自分でも分かった。他の天使達のように、役目を与えられることをどれだけ望んでいたか。願っていたか。ただ、翼が生え変わらないということだけで阻まれていた道が開けて、ジョミーの心に明るい灯が灯る。 「貴方に役目を与えましょう、ジョミー」 厳かな声が、聖堂に響いた。 END 分かり難いですが、一話目からすでに十年ほど経過しています。 そしてこの天上では神様がグランド・マザーなのです。ゼウスじゃないんです。何故ならマイ設定爆発だからvちなみにこの世界では普通に、天使にも男と女がいて結婚して家庭を作ります。だから真面目な天使ものと思ってはいけません。これはあくまで捏造ファンタジーです! それにしても天使なキース・・・白い布のゆったりした服とか着たり背中に翼があったりするんだよなと考えて、しばらく笑ってしまいました(笑)色々ごめんなさい。 そして、これは独り言デス。ブルー・・・早く出てきて欲しいよぅ・・・(青爺欠乏中) →ブラウザのバックボタンでお戻りください。 |