天に咲く花、地に眠る花


[4]







届かないと知りながら、それでも。

それでも想うことをやめることなどできはしなかった。






「行かれるのですね?」

蒼い蝋燭の灯りが点々と灯る薄暗い廊下で、不意にかけられた言葉に歩みを止めたが振り返ることなく頷く。その応えに、声の主が不安そうに肩を抱いたのが気配で分かった。
ブルー・・・と消え入りそうな声で名を呼ぶ相手の不安が自分にも手に取るように分かるけれど、自分は行かなければいけない。これが最後の機会かもしれないのだから。

「大丈夫。心配しないで待っていてくれ」

ゆっくりと振り返り、薄闇に仄かな光を纏い立つ美しい少女と向き合う。安心させるように微笑んだブルーに、流れるような金髪を揺らし、少女が言い募った。

「ですが・・・ですが、地上へ自ら出向かれるなど危険過ぎます!」

その言葉が真実ブルーの身を案じる想いからのものだということは痛いほどに分かっているけれど。愛しい少女の願いならば叶えてあげたいけれど。

それでも譲れないのだ、これだけは。

歩み寄り、少女の肩をそっと抱きしめる。震えた背中を宥めるように包み込み瞳を閉じた。

「僕は待った。十年間・・・ずっと。死などとは無縁と思えるほどの存在でありながら、この十年がどれほど長く感じられたか・・・それは君が一番よく知っているだろう、フィシス?」

フィシスと呼ばれた少女が、腕の中小さく頷く。それに、ブルーは頷き続けた。

「グランド・マザーの手を放れ、彼がようやく地上へと下りる時が来たんだ・・・」

会いに行かなくてはいけない。

「彼にそれほどの力があると、ブルーは信じているのですね・・・」

少しだけ悔しそうにフィシスが呟いた。自分ではあなたの力になれないのですねとこれも何度目かの問いに、ブルーはいつものように首を振る。

「君の存在に僕は幾度も救われているよ。力になれないなどと言わないでくれ。ただ彼は特別なんだ。その力も、存在も。全てが特別なんだ。それに何よりも・・・」

「ブルー・・・?」

「僕が、会いたいんだ」

ずっと、ずっと会いたかった・・・。

どこか夢見るように呟くブルーに、フィシスはもう何も言えなかった。思い返すのは、十五年前のあの日、憂いを帯びた表情ばかりだったブルーが嬉しそうに笑った時のこと。

―――光が届いたよ、フィシス。とても・・・とても温かな光だ。

遥か遠い創世の折、天に弓引き堕ちた地の底。隠れるように息を潜めた長き月日の中、彼の心からの笑顔は初めてだったから。だから、止めることなどできるはずもないと最初から分かってはいたのだ。それを認めるのは本当に悔しいけれど。
仕方がないですね・・・とため息とともに身体を離したフィシスはそっとブルーの手を取った。祈るように口付ける。

「お気をつけて・・・無事のお戻りお待ちしております」

「・・・ありがとう」

では、僕は行くよ。

フィシスの金髪に軽く口付け、ブルーは踵を返した。迷いのない背中。
どれだけの年月が経とうとも変わらないその背中に、フィシスはもう一度祈った。

それは神に・・・ではない。
自分達はすでに遠い昔に神とは決別したのだから。

では何に祈ると言うのだろう・・・不意に掠めた思考に小さく首を振る。顔を上げたそこは相変わらず輝く光のない世界だけれど。

純粋な、想いだけの祈りが何よりも確かなものだと信じているから。

だから、ブルー・・・どうかご無事で。

その切なる祈りに応えるように、蒼い炎が小さく揺れた。










END




ブルー登場!と思ったら、ジョミーとはまだ会ってません。しかも今回ひたすらフィシスとばかり・・・でももう少しです。もう少しで会えるはず(汗)


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