天に咲く花、地に眠る花


[7]




心惹かれたのは、その在りよう。

君の存在が。

あなたの存在が。

ここに在る・・・それだけで嬉しかった。






黒のタートルセーターに、パンツ。そして細身の身体を包む黒のトレンチコート。全身黒一色の中、さらりと靡いた銀髪と、間から覗く真紅の瞳がとても印象的だった。

「間に合って良かった。大丈夫みたいだね」

シロエを覗き込み微笑む姿に、既視感を覚える。懐かしいような、切ないような・・・だけど、それが何かはっきりとした形になる前に泡のように消えて、理由の分からない戸惑いだけが残った。ふるりと頭を振って気を取り直す。真っ直ぐに顔を上げ、青年に頭を下げた。

「シロエを助けてくださって、ありがとうございました」

「助けるだなんて、そんな・・・たまたま僕は下にいただけだから」

お礼なんて言われるほどのことはしていないよ、と青年が首を振った。そして、座り込んだままのシロエの手を取った。

「落ち着いたかい?良かったら部屋まで送ろう」

「あ、僕が。僕が送りますよ!」

「・・・え・・・そんな・・・ちょっとくらりとしただけですし・・・」

・・・大丈夫です・・・と消え入りそうなほど小さな声で遠慮するシロエに、ジョミーがダメだよと覗き込んだ。

「今だって危なかったんだから。遠慮しないで」

「ジョミー・・・」

幾ら自分が痩せているからと言って、背丈的にはそう変わらないジョミーにこれ以上迷惑をかけるのは気が引けると、俯いたシロエに青年が微笑んだ。

「じゃぁ、二人で送ろう。それならもしもの時だって安全だと思うよ」

そうと決まればと青年がシロエをそっと立ち上がらせる。ふらりとしたシロエを慌てて横からジョミーも支えた。

「ね?二人の方が安心だろう?」

くすりと笑って青年がシロエを支えながらゆっくりと階段を下りる。ジョミーも歩調を合わせてゆっくりと足を進めた。部屋までそう遠い距離ではなかったが、途中何度か膝が折れそうになったシロエを二人で支え、ほっと息を吐く場面もあった。
シロエを送り届けた時、部屋にいないシロエを心配していた母親に泣きながらお礼を言われた。どうも黙って抜け出していたらしい。その後、ベッドに寝かされたシロエと別れ、今は病院の中庭を歩いている。隣を歩く青年に、ジョミーはもう一度お礼を言った。

「今日はありがとうございました、えと・・・」

「ああ、僕はブルー。君は・・・ジョミーだね」

何で分かったんだろうと首を傾げたジョミーは、あの子がそう呼んでいたからと言われ、ああ、そうかと納得した。
二人のいる中庭には春を彩る花々が咲き乱れ、ちょっとした楽園のようで、ジョミーは天上の楽園を思い出す。もっとも地上と天上では趣が随分と異なるのだけれど。それでも優しい気持ちに溢れたこの場所は、屋上とはまた違って心癒されると思う。そう言えば・・・とブルーを振り返った。

「ブルーさんは何故屋上に?」

「ブルーでいいよ。そういう君は?」

「僕は高い所が好きだから・・・」

「あそこは空が近いからね。空が好きなのかい?」

はい、と頷いたジョミーにブルーが小さく笑う。

「僕もだよ。手を伸ばせば届きそうで届かないあの空が・・・」

そこで言葉を区切り、美しい真紅の瞳を閉じたブルーはどこか、ともすれば消えてしまいそうなほど儚かった。何故?どうして?彼の存在にジョミーの全身がざわざわと何かを訴えている。なのにそれが何か分からないのがひどくもどかしかった。ジョミーが理由も分からず葛藤している内に、中庭の出口に来てしまう。

「じゃぁ、僕はここで」

「また・・・また会えますか?」

思わず、立ち去ろうとしていたブルーを呼び止めていた。理由は分からないが、ここで別れて終わり・・・なんてことにはしたくなかった。できなかった。自分が天使であることすら一瞬忘れかけた。約束なんて簡単にできる存在ではないのに。

「そうだね。また会えると思うよ。ジョミー、君が望むなら」

振り返ったブルーが柔らかく微笑む。それはまるで幼子を愛おしむ聖母のように慈愛に満ちたもので、その眼差しに限りない優しさを見つけ知らず心が震えた。



だから。

彼が誰だとか、何でここにいるとか。

そんなこと僕にはどうでもよかったんだ。










END




実は青爺は乙女チックなのかもしれません(笑)色々心配。


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