天に咲く花、地に眠る花


[9]




ひらり・・・ひらり・・・。

舞い落ちる桜の花びら。

ほんのり淡い桜色のそれが手のひらに一枚ふわりと乗った。心穏やかにする柔らかな春の色。だけど、胸の奥であまり時間がないと焦る心に苦笑する。

「まだダメだ・・・」

まだ彼の心は囚われたままだから。だから・・・。

祈るように閉じた瞳に浮かぶのは、輝く太陽のような笑顔。

「僕の、光・・・」

僕の希望。

幼い頃よりも成長したその姿を間近に見ることができた喜びの反面、いまだ鎖のように絡みつく彼の者の呪縛を解けずにいることに少しだけ唇を噛む。

早く、早く目覚めて・・・そして・・・。

ふと、軽やかな足音が耳に届いた。どこか急ぐようなそれはきっとあの子のものだろう。ああ、そんなに急がなくてもいいのに。僕はここにいる。君が望むのなら、僕はここにいるのだから・・・。






「・・・っ!・・・良・・・かった・・・。あ、その、こんにちは、ブルー!」

「やあ、ジョミー。どうしたんだい、そんなに慌てて」

満開の桜の下。病院の中庭にあるベンチに座り振り返ったブルーに、ジョミーは荒い呼吸を整えるように息を吐いた。真っ直ぐに自分を見つめる真紅の瞳に、走ったのとは別の理由で鼓動が早くなる。

「え、あ・・・えと、最近運動不足なんで鍛えようかな、なんて」

少しでも早くあなたに逢いたかったから、なんてそんなこと言えるはずもない。恥ずかしくなって、頭に浮かんだ言葉をふるふると打ち消す。隣いいですか?とブルーの隣に座る。それを微笑み見つめているブルーに、また鼓動が少し早くなったような気がした。

シロエと知り合ったあの一件から、この中庭でブルーと逢っている。
別に待ち合わせをしている訳ではない。だが、行けば必ず彼はいて。名を呼ぶと嬉しそうに笑ってくれるから。だから、ここへ来ることをジョミーは何よりも大切にしていた。

もちろんキースには言っていない。天使である自分が特定の人と関わることは禁止されてはいないが、極力避けなければいけないのだから。知ればきっとあのキースのことだ。天使長様に報告されてしまうかもしれない。つい先ほども定期報告の際、様子がおかしいと指摘をされたばかりだ。それにキースも何か訝しく思っているようだったから・・・。

「ジョミー?」

名を呼ばれ、沈んでいた思考から引き戻される。どうしたんだい?と傾げるブルーに、いいえ何でもありませんと首を振り続けた。

「そう言えば、シロエなんですが・・・」

「・・・具合があまり良くないそうだね」

「そう・・・なんです・・・」

ブルーと出会うきっかけになったシロエの病室にも、ここでブルーと逢った後、顔を出すようにしている。初めてできた人間の友達だから、少しでもその力になりたかった。

だけど、日々シロエの身体は衰弱していくようで、見ていて辛い。

自分に癒しの力があればいいのに・・・と思う。もし自分にその力があったのならと、咳き込む姿を見る度に考えてしまう。もっとも、例えあったとしても人に使うことなど許されることではないけれど。

天使であるジョミーの力が囁くのだ。まだはっきりとした兆しはないが、ひょっとしたらシロエは・・・シロエの命は・・・。

「大丈夫、彼は強い心の持ち主だから」

「・・・ブルー・・・?」

一瞬、脳裏を過ぎった不安な想像。
口に出してはいないはずのそれに、まるで答えるようにはっきりと紡がれた言葉に思わずブルーを振り返る。どこか安心させるようにジョミーを優しく覗き込むブルーの、いつになく間近に迫った真紅の瞳に途端耳まで真っ赤に染まった。
そんなジョミーにブルーの顔がふわりと綻んだ。まるで花が咲くような柔らかな笑顔に、治まりかけた鼓動がまた煩いぐらいに早まる。

「ふふ、頭の上に花びらが乗っているよ」

「あ、ありがとうございます・・・」

するりと伸ばされた手がジョミーの髪に触れる。そのまま離れるのかと思った手が、滑るようにジョミーの頬を辿った。

「ああ、ここにも花びらが」

そっと触れた指先がジョミーの唇を掠める。
何故だろう。繊細な指先に触れられた箇所が、まるで熱を持つように熱い。
どこにも存在しない、世界で唯一つの美しい真紅の宝石に吸い込まれるようで、瞬きすら忘れ見惚れていた。

舞い散る桜の花びらに、ともすれば溶け込んでしまいそうなほど透き通るように綺麗な人。

不意に何かが心を激しく揺さぶる。

身体の奥底から込み上げる熱い想いに、戸惑うように瞳を閉じた。

ああ、これは、この想いは何だろう。僕は・・・。

分かりそうで分からないもどかしさに唇を噛んだジョミーから、すっとブルーの指が離れて行く。それを寂しく感じたジョミーに、ほら見てごらん、とブルーが手を差し出した。

手のひらには淡い桜色の花びら。

それがふるりと震え、そよいだ風にふわりと攫われる。
思わず目で追いかけたが、それは舞い散る桜の花びらに紛れてすぐに分からなくなった。残念そうに小さく微笑み、ブルーが桜を見上げる。つられて見上げた桜から、また一枚また一枚と花びらが舞い落ちて行く。

「桜の季節も・・・もうすぐ終わりだね」

ぽつりと紡がれた言葉がどこか切なそうで、いつまでも耳に残った。










END




前にも書きましたが、このお話はジョミブルです。ブルジョミではないです。ジョミブルなんです。・・・時々自分でも分からなくなる時があったり・・・って、ダメですよね。すみません(汗)


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