銀の雨、金の雨 [2] 真っ直ぐに、自分を見つめる大きな瞳。 エメラルドのような鮮やかな瞳がとても綺麗だと思った。 だけど何よりも、誰よりも心惹かれたのは・・・その無垢なる笑顔。 心の一番奥の奥まで届いたそれは、まるで暗闇を照らす”光”のようで。 世界で一番愛おしいもの。 食事の後、皿を洗っていたジョミーに、ブルーが拭き終わったものを食器棚に片付けながら、ふと思い出したように聞いた。 「そう言えば、そろそろ進路希望調査を取る頃じゃなかったかい?」 途端、がちゃん!と大きな音が聞こえて思わず振り返ったブルーの目に、どこか慌てたようにジョミーが床を見る。 「ご、ごめんなさい!少し手が滑っちゃって・・・っ!」 床に落ちた拍子に砕けて散らばった食器の欠片を拾おうと、手を伸ばしたジョミーが、あっと痛そうに眉を顰めた。慌ててその手をブルーが取る。 「ジョミー!大丈夫かい?素手で触るなんて危ないじゃないか」 ほら、血が出ている・・・と言う言葉にジョミーも自分の指を見れば、ちょうど人差し指の先からぷくりと紅い血が滲み、みるみるうちに膨らんで紅い玉を作った。 「だ、大丈夫だよ、これぐらい」 「ダメだよ。ちゃんと手当てをしないと。雑菌でも入ったら大変だからね」 そう言って、ぱくりとブルーの口に吸い込まれた指に、ジョミーの鼓動が跳ね上がる。 「な、なな何?」 「消毒」 ぺろりと指先を舐められ、くすぐったさよりも恥ずかしさで耳が真っ赤に染まった。だけど、ブルーは素知らぬ振りで放してくれない。血が止まるまでずっとジョミーの指を丁寧に舐めて、ようやく放してもらえた時には、些細な指の痛みなどどこかへ吹き飛んでしまっていた。 「昔はよくこうやって消毒しただろう?」 そんなに恥ずかしがらなくても・・・とくすくすと笑うブルーにがうがうと反論した。 「こ、高二にもなってそんなことする奴なんていないよ!」 うーと真っ赤になりながら上目使いで見上げるジョミーに、またブルーが笑う。 「血も止まったみたいだし、とりあえず絆創膏を貼っておけば大丈夫」 にっこり笑って居間に救急箱を取りに行ったブルーの後ろ姿を見送りながら、ジョミーは小さくため息を吐いたのだった。 「それで?決めたのか、これ」 前の席に腰掛けたサムが、机の上に置いてある一枚の紙をとんとんと指で弾いたのに、ジョミーは首を振って答えた。進路希望調査の紙。進学校であるジョミーの学校はまだ二年生の段階から志望校を決めるのだが、早い者はさっさと提出し終わっている中、ジョミーはいまだ白紙のまま提出できずにいた。 「そろそろ提出しないといけないだろう?」 まだ相談していないのかと言外に匂わせるサムに、小さく頷いた。 「色々考えちゃってさ・・・」 「そっか・・・」 常の彼らしくなく言葉を濁したジョミーに、サムは眉を寄せた。ジョミーの家が諸事情で兄と弟の二人しかいないことは知っている。それに兄であるブルーが過保護過ぎるきらいがあるということも、ジョミーの友人としては当然知っているけれど。それでも自分の将来のことなのだから。 「とりあえず、ブルーさんともよく相談しろよ」 オレも何かあったら相談に乗るし・・・その時は遠慮なくどんと来い!と笑ったサムにありがとうと笑って、ジョミーは瞳を閉じた。 進路希望・・・か・・・。 早く自立したいと思う。経済的面でも、精神的面でも。 五年前に両親が事故で亡くなってから、ブルーはずっと大学に通いながら自分の面倒を見てくれたのだ。再婚してできた、血の繋がりなどない弟を。 あの時、学生であるブルーには荷が重いだろうと、母方の祖父母が自分を引き取りたいと申し出ていたらしい。もっともその話を聞いたのはずっと後になってからだけれど。 まだ幼かった自分は、ただ両親の死ばかりショックで。 唯一残された家族であるブルーの傍を離れることができなかった。 本音を言えば、今だってブルーの傍を離れるのはイヤだ。 一緒にいたいと思う。 できればずっと二人で一緒にいられたらどんなにいいかと。 だけど、一緒にいられないと心のどこかでひどく切実に思う自分もいるのだ。 その理由はまだよく分からないのだけれど、いてはいけないようなそんな気がする。 「迷惑、かけちゃうと思ってるからかな・・・」 でも、そう言えばきっとブルーは、そんなことない!って怒って、その後笑ってくれるんだろう。 ジョミーが一番大切だから。 迷惑かけているだなんて思わないで欲しい。 僕がジョミーを守るから、ジョミーは何も心配しなくていいんだ。 泣くこともできず、ただ呆然とするしかなかったあの五年前の時と変わらない言葉を言ってくれると思う。それが簡単に想像できて、胸がつんと小さな痛みを訴えた。 「どうしよう・・・どうするのが一番いいんだろう・・・」 答えの出ない問いに、机の上の進路希望調査の紙がやけに白く感じられた。 END 悩める青少年。 →ブラウザのバックボタンでお戻りください。 |