銀の雨、金の雨 [4] ジョミーは何が食べたい?と道すがら聞かれ、考える。うーん・・・お腹がいっぱいになるなら何でもいいよと答えたジョミーに、ミラー越しにブルーが笑った。 「それじゃぁ、今日の試験頑張ったみたいだから、僕のおすすめの店にでも行こうか。最近教えてもらったのだけれど、落ち着ける雰囲気だし、何より料理がおいしいんだ」 「へぇ、ブルーがそこまで褒めるなんて珍しいね」 あまり食にこだわりのないジョミーに比べ、それなりにうるさいブルーなのにと笑ったジョミーにブルーもそうかい?と笑う。そうだよ!と言い切ったジョミーの前で信号が青に変わった。大きな街とは言えないまでも、そう遊びに出かけたりする訳ではないので、あまり見慣れない景色に視線を移す。目に入るビル街の様子や、色鮮やかな看板に気を取られていたので、だから、そんなジョミーをそっと見つめているブルーがいることなど気づかなかった。 ブルーに連れて来られた店は、ビル街の一角に、まるで隠れ家のようにひっそりとあった。少し古めかしい印象を与える樫の木を使った装飾が施された店内で、ほんのりと燈された蝋燭の灯りが、よりいっそう静かな印象を与えている。店に流れる音楽も流行りのものなどではなく、どちらかと言うとジャズ系のようなバラード調のもので、ああ、確かに落ち着くかもとジョミーも思った。 案内された席は、窓側のテーブルで、白い小さな花々が清楚に飾られている。向かい合わせに座った二人にグラスに入った水を置き、ウェイターがメニューを手渡そうとしたのをそっとブルーが制しフルコースでと言った。それに会釈しウェイターが立ち去った後、ジョミーが心配そうにブルーを見た。 「フルコースなんて・・・よかったのに」 「ここのおすすめはシェフが腕を揮う季節の素材を使ったコースメニューなんだ。ジョミーにそれを食べて欲しくてね」 大丈夫だから、心配はいらないよとにっこり笑うブルーに、そうは言ってもフルコースなんて響きだけで高そうな気がするんだけれどと椅子にもたれたジョミーの耳に、柔らかな歌声が聴こえた。 ちょうど曲の変わり目だったらしい、その新しい歌の歌い手は店の中央に設置されたグランドピアノの傍に立っていた。蝋燭の灯りが主の店の中で、そこだけスポットライトが当てられ、長いドレスを纏った美しい女性が照らし出されている。 ライトの光を受けてきらきらと輝く金の髪が背を流れるように垂れ、ゆったりとした薄桃色のドレスはその白い肌と相まってとてもよく似合っていた。綺麗な人だと思う。そして綺麗な声。柔らかな歌声に、自然と耳を傾ける。 そんな美しい音楽と歌を聞きながらの食事はとてもおいしかった。ブルーのおすすめだというコースメニューは、季節の素材を生かしつつ趣向を凝らした内容で、正直おいしいとしか言えない。中でもジョミーが特に気に入ったのは、最後に出されたデザートだ。爽やかな柑橘系を使ったフルーティーなアイスで、夏にはまだ少し早いけれど、初夏の味わいといった感じで訪れる夏を予感させそうだった。 「はぁ・・・ごちそうさま」 「おしかったかい?」 「うん!おいしかった。すごく。こんなお店よく見つけたね」 「ああ、知り合いにね、この間連れて来てもらったんだよ」 へぇ、と頷いたジョミーにブルーが優しく笑う。揺れる蝋燭の炎を受けて煌めく銀の髪と、よりいっそう深みを増した真紅の瞳が幻想的で、思わず見惚れたジョミーに、静かにブルーが切り出した。 「そう言えば、ジョミー」 「・・・な、なに?」 「何か僕に話したいことでもあるんじゃないのかい?」 え・・・と瞳を瞬かせたジョミーに、ブルーが続ける。 「進路、悩んでるんじゃないのかな」 な、んで・・・と口を開けたジョミーをくすくす笑いながらブルーがアイスをすくった。 「何年一緒にいると思っているんだい?ジョミーの顔に全部書いてあるよ」 だから話してごらん、と優しく響いた声に泣きたくなる。ブルーはいつだって自分のことを見てくれている。心配してくれている。今日だって、きっと本当は試験頑張ったからとかそんなことは口実なんだ。あまり元気のない自分を少しでも元気づけようとしてくれて、こんな・・・。 それが嬉しくて、同時にとても切なかった。だって自分は・・・自分は・・・。 「ブルー!」 突然掛けられた声に、思考が破られる。思わず開きかけた口を閉じたジョミーに、ブルーがそっと眉を顰めたけれど、声の主に心当たりがあるのか振り返る。 「やぁ、フィシス。今日も君の歌はとても素晴らしかったよ」 「ふふ、来ていらっしゃるなら、来てると言ってくださらないと。私、あなたが来てること今初めて聞きましたのよ?」 くすくす笑う美しい女性は、先ほど中央で歌っていた人で、なんでブルーを知っているんだろうと瞳を驚きで見開いたジョミーにフィシスと呼ばれた女性が微笑む。 「まぁ、まぁ!こちらがブルーの仰ってみえたジョミーね!なんてかわいらしいの!ブルーったら、いつもあなたのことばかりで・・・」 「っ、フィシス!」 なんだろう。ブルーが少し慌てたように、フィシスの腕を押さえた。いつにないブルーの慌てようと、触れ合う二人の腕に、胸がちくりと何かを訴える。そう言えば、こうして見ると、なんて似合いの美男美女なんだろう。豪奢な金を纏う彼女はまるで神々しい女神のようで、こんな小さな自分では太刀打ちできるはずもない・・・って、ああ、そうなんだと唐突に分かってしまった。 自分は、ブルーが。ブルーのことが。 だから・・・。 「・・・帰る」 「ジョミー?」 「あらあら?」 「ごちそうさま。えーと、フィシスさんでした?おいしかったです、とても」 ブルー、ごめん、先に帰るね、と立ち上がり、入り口に向かう。後ろでブルーが名を呼んだのが分かったけれど、歩き出した足を止めることなど今のジョミーにはできなかった。 END ようやく自覚。いつになったら気づいてくれるんだろうと実ははらはらしてました(え?) →ブラウザのバックボタンでお戻りください。 |