銀の雨、金の雨


[5]







歩いている道がどんな道なのかも今の自分には分からない。ただ機械的に動く足が進むままに歩いていた・・・。前髪を揺らした風に、ふるりと肩が震える。そうだ。制服とは言ってもまだ、衣替えをしたばかりで、夜の風は肌寒い。ふと、見上げた空が、気づけばどんよりとした雲に覆われているのが、星さえ見えないことで分かった。雨の匂いを含んだ風の気配に、思わず肩を両腕で抱き締めたジョミーの頬に、ぽつりと水滴が落ちる。
それを合図にしたように、瞬く間に石畳に降り注ぐ雨に我武者羅に走り出す。
叩き付けるような雨に前なんか見えない。そう、前なんて。

ブルー・・・!

大好きな、大好きな人。
気づきたくなかった、こんな想いに。

優しい声も、優しい笑顔も。
いっそ全部、全部忘れられたら・・・!

だってそうだろう?もう傍になんていられない。
こんな想いを抱えたまま傍にいることなんて、できやしないんだ。

どこをどう走ったのか、気が付けば、小さな公園に紛れ込んでいた。周囲をビル街にぐるりと囲まれたそこは、ほんの少しの木々と、ベンチが一つあるだけの本当に小さなものだったけれど、雨でびしょ濡れになった身体が重くてだるくて、ずるずるとベンチに座り込む。
相変わらず降り注ぐ雨なんかもうどうでもよくなっていた。異常に熱い額に組んだ両手を押し付けるように膝に視線を落とす。

想うのはただ一人のことだけ。

「・・・ブ、ルー・・・」

浮かんだ優しい笑顔に最後の意識を手放した時、名を、呼ばれた気がした。






―――大分熱が出ているようだね。今夜辺りが一番苦しい時だと思うが・・・。

―――ありがとうございます、先生。

―――うむ。では、これが薬だ。食後に一つずつ飲ませてあげなさい。そしてこれは、どうし
    ても熱が下がらなかったら使いたまえ。それから、君も・・・。



微かに聞こえる会話に、何だろうと重い瞼を持ち上げようとして、ぼんやりと見え始めた見慣れたはずの自室の天井がぐにゃりと歪んだ。そのぐらりと頭を大きく揺さぶられたような感覚に、思わずうめき声とともに瞳を閉じる。

「ジョミー!?気が付いたのかい!?」

耳元で必死な声が聞こえて、あまり動かない瞼をなんとか動かすと、今一番会いたくて、一番会いたくないブルーが不安で堪らないといった顔で自分を見ていた。ブルーの真紅の瞳に映り込んだ額にタオルを乗せた自分の姿に、ああ、と思う。雨に打たれたのだ、自分は。でもどうして家にいるのだろう。自分はあの公園で・・・。

「な・・・んで・・・」

「ダメだよ。すごい熱なのだから。待っていなさい。今タオルを・・・」

額から外されたタオルが枕元に用意された洗面器の水に浸されたのがちゃぷりと響いた音で分かった。きゅっと絞られ再び乗せられたそれは、ひんやりとして気持ちがいい。
ほうっと吐いた息に、ブルーの瞳が細められた。

「突然帰ってしまうから、慌てて捜したんだよ。途中からはすごい雨まで降ってくるし・・・。初めて行った店だから帰り道なんて分からなかっただろう?」

なのにどうしてそんなことを・・・と困ったように下げられた眉に、ごめんなさいと小さく呟いた。理由なんて言えるはずもない。だから、ごめんなさいと繰り返すことしかできなかった。

「怒ってないよ。怒っている訳ではないんだ」

ただ僕はジョミーが心配なだけだから・・・と優しく撫ぜる手に泣きたくなる。
どうして。どうしてこんなにも優しいのだろう。

見上げた視線の先、蛍光灯の灯りに浮かぶ世界で一番尊い聖なる銀と真紅。

ブルーがジョミーの視線に気づき微笑む。
労わるような、穏やかな眼差しに胸の奥がじりじりと焼け付くような痛みを訴えた。

「さぁ、まだ熱があるからもう少し眠りなさい」

ジョミーの髪にそっと口付けを落とし、ブルーが微笑んだ。
それに小さく頷き瞳を閉じる。



その夜見た夢は、溢れる涙を止めることができないほど悲しさばかりが募るものだった。










END




これを書いている時のBGMが恐ろしいほど内容に合わないなと今頃思いました。あえて何の曲かは言いませんが。

→ブラウザのバックボタンでお戻りください。