銀の雨、金の雨 [6] 溢れ出すまま、頬や身体を塗らす生温かな液体と。 徐々に失われていく自分を抱き締める腕の温もり。 お揃いだねと言われた翠玉の瞳も、すでに瞳孔が開いたまま何も映さない。 呼んでも呼んでも呼んでも呼んでも、応えることのない身体。 それが悲しくて必死で叫んだ。必死でもがいた。 だけど。 力の限りもがいてももがいてもそこから抜け出すことなどできなくて。 辺りを包む、つんと錆びたような血の匂いで頭がどうにかなってしまいそうだった。 レスキュー隊の人に助け出されるまでの間。 閉じ込められた車の下で、ただずっと謝り続けることしかできなかった・・・。 それは・・・夢と呼ぶにはリアル過ぎるもの。 そう、繰り返し、繰り返し見るそれはずっと忘れていたこと。 否、ずっと忘れたフリをしていたこと。 本当はそんなこと許されないのに・・・。 そんなことは自分が一番分かっているのに。 それでも、それでもそうしてしまったのは。 ・・・そうしなければあの人の傍になどいられなかったから。 だから、見えないように瞳を閉じたのだ、自分は。 強く。深く。決して見てしまうことなどないように。 闇の底に沈めて、知らないフリを。忘れたフリをし続けた。 だけど、封印したはずのそれが再び揺り起こされたのは・・・きっと。 「・・・っ!?」 声にならない叫び声で目が覚めた。まだ整わない息のまま肩で息をしながら、シーツを握り締めた拳を見て、顔を上げた。カチカチと時を刻む枕元の時計の音。壁に掛けられた天体写真。夜明け前の薄暗い窓の外に、ああ、またと思った。こめかみを、背中を、じっとりと嫌な汗が伝う。全身がまるで鉛のように重く感じられた。 「・・・い・・・」 ジョミーの熱が下がったのは、あの雨の日から二日後のことで。それから一週間ほどが経っていたけれど、ジョミーの心は日々鋭いナイフで何度も何度も抉られていくようだった。 「・・・さい・・・」 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。 ぎゅっと瞳を閉じる。 同じ夢を見る理由など分かっている。分かっているのだ。 まるで自分を責めるかのように何度も繰り返されるそれがどうしてかなんて。 一度は深く沈みこませたものが、再び浮き上がってきた理由なんて一つしかない。 ずっと・・・ずっと気づかないフリをしていた想いに気づいてしまったから。 だから。だから・・・。 あの忌まわしい、五年前の、両親ともに事故で亡くしたあの日。 きっかけは本当に他愛のないものだった。 大学進学と同時にブルーが家を出た。 少し遠いからという一人暮らしの理由に一度は納得したけれど、夏休みになっても冬休みになっても帰ってこないブルーに業を煮やした自分が駄々を捏ねたのだ。ブルーに会いに行きたいと。それに笑って頷いてくれた両親。せっかくだからいきなり会いに行って吃驚させようと三人で笑ってから、その日が来るのを指折り数えてジョミーは待っていた。 それなのに。それだけ楽しみにしていたのに。 当日朝から熱っぽいと額を押さえた父親と、やっぱり今日は止めておきましょうかと心配そうに眉を顰めた母親に、自分は盛大に我侭を言ったのだ。 いやだ。行くんだ。絶対絶対今日ブルーに会いに行くんだったら! 泣いてむくれたジョミーの頭を優しく撫でて、よし、じゃあ行こうかと頷いてくれた父親の笑顔と、もうこの子ったら本当にお兄ちゃん子なんだからと笑った母親の笑顔が、最後に見た笑顔。 その後ブルーの所に向かう途中、居眠り運転のトラックの横転事故に巻き込まれて乗っていた車は大破。奇跡的にジョミーは助かったが、運転席にいた父親と、後部座席にいたけれどジョミーを身体を張って庇った母親の二人は帰らぬ人となった。 運が悪かったんだよと誰もが言った。だけど、それは違うと思う。 自分が、ブルーに会いたいなんて言わなければ。 熱がある父親に無理にお願いなんてしなければ。 ・・・きっとこんなことにはならなかった。 ブルーから両親を奪ったのは、他ならぬ自分で。 だから、ブルーの傍にいられるはずもない。 ましてや想うことだって許されるはずもない。 そんなことすら、忘れたフリで誤魔化した自分の浅ましいまでの想いに吐き気がしそうで、ぐっと堪えるように唇を噛んだ。 「早く・・・早く・・・」 出て行かなくちゃ。 その想いだけが嵐のように胸の内をぐるぐると渦巻いていた。 END すみません。話のつながり上、五話を少し触りました。 →ブラウザのバックボタンでお戻りください。 |