銀の雨、金の雨


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ジョミーの様子がおかしいことには少し前から気が付いていた。進路のことで悩んでいるのだろうと思っていたが、ここ一週間ほどのジョミーの様子は、それだけではないように見える。今だって、部屋に閉じこもったまま出てこようとしない。そして何よりも、ジョミーのあの鮮やかな翠玉の瞳が自分を見ようとしないのだ。それが何よりもブルーの心を不安に曇らせていた。


十歳年の離れた、血の繋がらない弟。


父の再婚で突然できた弟は、ブルーにとって誰よりも大切な存在で。
よく動く生き生きとした翠玉の瞳に、太陽の光を集めたような金の髪。自分に向けられる眩しいほどの笑顔と、その無垢な心。
その存在だけでこんなにも心を捉えるものなんて今までなかったから。初めて顔を会わせた時から、自分にとってジョミーは何ものにも代えがたい大切な存在になった。それが愛しさと呼ぶものでなければ何だと言うのだろう。胸を満たす、甘く、だけど時に痛みを伴う苦しいほどの想いを。


・・・他に表す言葉など自分は知らない。


手の中のカップを眺め、小さくため息を吐いた。コーヒーはとうに冷めている。ほとんど口をつけていないそれを飲もうとして、その手を止めた。

冷めたコーヒーは身体に悪いんだよ!

ダメだよ、ブルー!と眉を顰めて怒った顔を作るジョミーの姿が思い出される。そう、いつだってジョミーは時々考え事に没頭してしまう自分のことを心配してくれて、熱いコーヒーを淹れ直してくれた。優しい子だから、あの子は。
ふわりと胸を占めた愛しさに、視線を上げた先のドアは相変わらず閉じられたままで。そのドアの向こうにいるであろうジョミーのことを思い、静かに瞳を閉じた。

悩んでいるのなら力になりたい。

苦しんでいるのなら助けてあげたい。

特にあの雨の日以来、ジョミーがひどく苦しんでいるのが分かるから。できるならその苦しみを取り除いてあげたいと思う。五年前のように無力な自分はもうイヤだった。
壊れた機械仕掛けの人形のようにただ一つの言葉を繰り返すあの子を、ただ自分は大丈夫だよと抱き締めることしかできなくて。

すべての責を背負うとするその小さな背中に、ただ悔恨の念が募った。

ジョミーは悪くない。
ほんの少しだって。欠片ほども悪くない。

むしろ悪いのは自分だ。

自分の想いに戸惑い、どうすればいいのか分からずジョミーの傍を離れた、自分がすべての責を負うべきなのに。


すべての始まりは、自分がジョミーの傍を離れたこと。


離れなければ、ジョミーが会いたいと両親にねだって事故に巻き込まれることもなかった。両親が死ぬことも、それをジョミーが自分のせいだと苦しむこともなかった。


泣くこともできずただ繰り返す言葉の度、それを思い知る。


だけど、そうしてまでも自分はジョミーの傍を離れることができなかった。本当ならすべての元凶である自分はジョミーの傍にいる資格なんてないのに。ジョミーからすべてを奪ったのは他ならぬ自分で、許しを請うことさえ許されないだろう。

それなのに。

大切なこの子を独りにできないから、守るから、という言葉で正当化して。

ジョミーの祖父母が引き取りたいと申し出があった時も、それをジョミーの耳に入れることすらしなかった。


・・・ただ、傍にいたかったのだ。傍に。


なんてエゴだと、自嘲するように小さく唇を歪めた顔が冷めたコーヒーに映る。結局自分はジョミーのために何もできなかった。できたのは抱き締めて。大丈夫だよ。ジョミーは悪くない。僕が傍にいるから。守るから。そう囁くことだけ。

どれも心からの言葉だったけれど、今振り返ればそれだってジョミーのためではなく、きっと自分のためだったのだろう。


傍に・・・いるための大義名分。


泣くことも笑うこともできなかったジョミーが、ある頃を境に前みたいに笑えるようになった時どれだけほっとしたか。太陽みたいな笑顔が戻ったことがどれだけ嬉しかったか。きっと言葉では言い尽くせない。


だから・・・見えていたことにも瞳を閉じて知らないフリをしてしまった。


ジョミーの中に見え隠れする危うさに、気づきながらも笑顔が戻ったことの喜びで押し隠したのだ。


だけど、今。


以前にも増して危うい気がするのはどうしてだろう。それは、触れれば切れてしまいそうな糸の上に立っているような、そんな危うさで。


守りたい、と思う。あの子を。あの子の笑顔を。

今度こそ。

今度こそ、あの子のために。











END




ブルーさんから。


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