銀の雨、金の雨


[8]







大好きだから、傍にいたい。

大好きだから、傍にいられない。



相反する想いに、ただずっとこの胸を押さえている。






「ジョミー・・・?起きてるかい?夕食だけど何か食べたいものがあれば・・・」

ここのところ食が進まないようだから、何か好きなものでも食べれば元気が出るかもしれない。少しでも元気になって欲しくて、コンコンと二度ノックをし声を掛けたが返事のないドアの前で、ブルーは更に叩こうとした手を止めた。小さな呻き声・・・のようなものが聞こえた気がする。慌てて、ドアを開けた。

「ごめん、入るよ。ジョミー、大丈夫かい?」

灯りも付けない薄暗い部屋の中、ベッドの隅にブランケットを被り蹲るような小さな影。どこか痛いのだろうか。また具合でも悪くなったのだろうか。焦る気持ちのまま駆け寄ったブルーに、だけど返ったのは鋭い拒絶の言葉だった。

「来ないで!」

「!?」

「出て行って!早く!」

「ジョミー?」

ぎゅうっといっそう縮こまりながら、全身全霊で拒絶の言葉を吐くジョミーに、ただ呆然とする。とにかく宥めようとそのブランケットに触れようとした瞬間、ばっと振り払われた。

「触らないで!」

薄闇の中、強い意志を秘めた翡翠の瞳が鮮やかに浮かび上がる。光ったのは涙・・・だろうか。

「どこか、どこか具合でも・・・」

「・・・っ、悪く、なんかないから」

だから出て行ってと繰り返すジョミーに、振り払われた手を握り締め、それでもジョミーのことが心配だったから笑った。笑えた、と思う。

「・・・そう、それなら・・・もうすぐ夕食だから、落ち着いたら出ておいで」

ジョミーの好きな食べ物作って待ってるから。

それだけ口にするのが精一杯。何があったのか分からないが、今のジョミーには何を言っても聞いてなどくれないだろう。だから待とうと思った。話してくれるまで。ジョミーの心が落ち着くまで。本当は今すぐでも抱き締めたい。触れてジョミーの心を開きたい。だけどジョミーを追い詰めたい訳ではないから。

入り口で振り返りたいのをぐっと堪えて、そっとその部屋を後にした。






部屋を出て行ったブルーの足音に、強張っていた全身の力が抜ける。へたりと座り込んだまま、零れ落ちそうになる涙を堪えるように天井を見上げた。

優しい・・・優しいブルー。
酷いことを言ったのに。
酷いことをしたのに。
それでも笑って、怒らない。
どんな時だって自分のことを一番に考えてくれるそれが、今はこんなにも辛い。

優しくされる度に、忘れていた現実を突きつけられるようで。

傍にいてはいけない。

これ以上傍にいては。

だから、もう・・・。






どこか痛々しささえ感じられるジョミーの様子に、不安だけが募る。今の自分にできることは何もないのだろかと焦燥感に胸が焼けそうだった。

どれぐらいの時間が経ったのだろうか。

かたり、とドアの開く音がした。ジョミーだろうかと、それまで伏せていたテーブルから顔を上げたブルーの目に、小さな鞄一つ持ったジョミーの背中が入った。

「ジョミー?」

なんだ、何かとても嫌な予感がする。そのまま玄関へと向かう姿にもう一度名を呼んだ。しかし、呼びかけても振り返らない背中に慌てて立ち上がり叫ぶ。

「ジョミー!」

そこで初めてぴくりと肩が震え、足が止まった。それにほっとしながら歩み寄ろうとしたブルーの耳に驚愕の言葉が届く。

「・・・出て・・・行くよ・・・」

小さな声だったけれど、はっきりとした意志でもって紡がれた言葉に息を呑む。

「・・・っ、出て行くって・・・」

みっともないぐらい声が震えているのが分かった。
声だけじゃない、煩いぐらいに響く心臓の音。

「ブルーの傍には・・・いられないから」

傍に、いられない?
ああ、とうとうジョミーは知ってしまったのだろうか。
自分の、罪を。

だから・・・?

「ジョミー・・・」

震える唇から零れ落ちた名前に、ジョミーが小さく息を吸う。そして、どこか自分に言い聞かせるように呟いた。

「どうしても・・・いてはいけないんだ」



ゆっくりと振り返り微笑んだ翠玉の瞳は、吸い込まれそうなほど透明で。

悲しいぐらいに綺麗だった。










END




・・・色々難しいです。


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