銀の雨、金の雨 [10] 言葉だけでは伝えられない想いを伝えたくて。 抱き締められた腕の中、ブルーの肩に顔を埋めた。ほっそりとして見えるけれど、その実しなやかな筋肉を纏った均整の取れた身体だということを、今初めて知ったのかもしれない。ずっと・・・誰よりも近くにいたのに。 こうやって触れ合うのは、きっと初めてだった。 背中に回された腕が優しく背を撫ぜる。それが嬉しくて、ブルーの背に回した腕に少しだけ力を込めた。 「ジョミー、愛してる」 耳を擽る優しい低音に、身体が震えた。心に届くよりも先に、触れ合う身体が反応する。 「ブルー・・・」 僕も愛してる。 告げた言葉に、ブルーが微笑んだのが気配で分かった。それが嬉しくて照れくさかったジョミーの肩にぽたりと熱い雫が落ちる。見上げたら、透明な雫を静かに零す美しい真紅の瞳とぶつかった。 「ブルー?」 「・・・すまない。何故だろう、嬉しいのに涙が勝手に・・・」 なんだか今日は格好悪いところばかり見せているね、と苦笑したブルーの頬に手を伸ばす。なすがままなブルーの頬をその両手で包み込んだ。ひたりといまだ涙に濡れる瞳を見つめ、ジョミーは微笑んだ。伝えたい。伝えなければ、と。その想いに突き動かされるように言葉を紡いだ。 「格好悪くなんかないよ」 「ジョミー・・・」 「格好悪くなんかない。ブルーはもっと甘えていいんだ。だから・・・」 言葉は続かなかった。続けられなかった。その前に強く抱きすくめられてしまったから。 「ジョミー・・・!」 奪われるようなキスだった。熱い、とそう思ったのは一瞬遅れてのことで。歯列を割り侵入した舌が口腔を弄り、ジョミーの舌を絡め取る。 「・・・んっ・・・」 強く吸い上げられて、思わず甘い声が漏れた。聞いたこともないような自分の声に、全身に火が点いたような気がする。熱くて、熱くて、だけどそれもすぐにブルーのキスで思考を奪われてしまう。 だから、その後のことは正直よく覚えていない。 思い出そうとすると恥ずかしくて堪らないのも理由の一つだけれど。 考える余裕なんてどこにもなかったのが本当のところ。 ただ・・・とても幸せで、とても嬉しかったことだけ身体が覚えている。 「こんにちは、ジョミー」 「フィシス・・・さん」 一緒に出かけた日曜日。ブルーが用事を済ませている間、店の外で待っていたら不意に声を掛けられた。優しく微笑む美しい女性は、いつかの店で歌を歌っていた女性だった。 「フィシスでいいですわ。ふふ、今日もかわいらしいですのね」 いやいやいや。男にかわいらしい・・・って、と見上げたフィシスはにこにこ微笑んでいる。 「・・・あれ?今日は買い物か何かなんですか?」 以前ブルーに連れられて行った店で会った時に来ていたようなドレス姿ではない淡いグリーンのワンピース姿に首を傾げると、今日はお休みですのとくすくす笑う。相変わらず流れるような金髪が光を反射しきらきらと輝いていた。たおやかな姿に見惚れたのも一瞬で、ふわりと抱き締められて仰天する。 「フィ、フィシスさん!?」 「フィシスでいいですって私言いましたわ」 いや、でもそれとこれとは別の話であって・・・って、柔らかい、柔らかいんですが!うーわーとじたばたしていたら、フィシスが小さな声で囁いた。 「良かったですわ。元気そうで」 ・・・え?と見上げたフィシスの顔が優しく微笑む。何でそんなこと・・・と口を開こうとした時、名前を呼ばれた。 「ジョミー!」 見れば、ブルーが買い物袋を片手に店の入り口に立っていた。ああ、用事が終わったんだと思ったジョミーを抱き締めたままフィシスが微笑む。 「こんにちは、ブルー」 「フィシス?君が何故ここに・・・」 そう言うなり、はっと瞳を見開いたブルーがつかつかと近寄り、ジョミーをフィシスから引き剥がした。割って入るようにジョミーとフィシスの間に立ったブルーのらしくない強引な行動に瞳を瞬かせたジョミーがブルーを見ると、心なしか目が険しい・・・ような気がする。 「ブルー?」 「まぁ、ブルーったら、ひどいですわ」 悲しそうに眉を寄せたフィシスに、ジョミーも少しだけ心の中で同意する。この間は自分だってあんなに仲良くしていたのに・・・と思ったところで、あれ?と首を傾げた。ひょっとして、ひょっとして・・・。 「ブルー、もしかして妬いたの?」 ジョミーの言葉に、ブルーの目元がさっと朱色に染まった。それだけで秀麗な美貌が可愛らしく見えるのだから、自分も相当ダメなんだろうと思うが、それよりも何よりも嬉しかった。思わず綻んだ顔に、フィシスも笑う。 「そうそう、ジョミーはやっぱり元気な方が素敵ですわ。この間は元気がなかったから心配していましたの、私」 でももう大丈夫ですのね、二人とも。 「フィシス・・・?」 驚いたようなブルーに、フィシスがくすくす笑って何かを差し出した。受け取ったブルーの手元を覗き込めば、あの店でのフィシスの出演予定表だった。 「またぜひ私の歌を聴きにいらしてくださいね。もちろん二人で一緒に」 お待ちしてますわ、と微笑んでフィシスが立ち去った後、隣を見上げたジョミーの目にどこか困ったような嬉しいような笑みを浮かべたブルーが映った。 不意にぽたりと何かが頬に落ちる。冷たいそれに、空を見上げると、また一つ、二つ。 「・・・雨?」 そう呟いたのも一瞬で、ざぁっと急に降り出した雨に、今日は天気だって予報では言っていたのに!と慌てて二人で駆け出した。車を止めてある場所まではそう遠くない。急げばそんなに濡れずに済むだろう。ふと、少し先を行くブルーが振り返った。ほら、ジョミー、と優しく差し出された手を取る。 あたたかな、手。 大好きな、手。 雨に濡れていると言うのに、それがなんだか嬉しくて。楽しくて。 胸に込み上げたほんわりあたたかな気持ちに、思わずくすくすと笑い声を上げた。 そんなジョミーにブルーも笑う。 それから二人で一緒に駆け出した。 いつかの雨は冷たくて、悲しくて、痛かった。 だけど、こんな雨なら悪くない。 走りながらそんなことを、思った。 FIN これにてようやく完結です。相変わらず思う所は多々ありますが、私なりの精一杯を詰め込んだブルジョミ話でした。書ききれない部分や見苦しい部分等、色々ありますが長い間お付き合い頂きありがとうございました。つたない文ですが、少しでも皆さんに楽しんで頂けたのならこれに勝る喜びはありません。本当にありがとうございました。 →ブラウザのバックボタンでお戻りください。 |