闇の果てに揺れる光


[2]







最初の記憶は、闇。

細い三日月と、空遠く瞬く星灯りだけがその闇を照らすもの。

気が付いたらそこにいた。足元にはすでに息のない身体が幾つか転がっているが、すでに冷たくなって久しいそれは、本当にただのモノでしかなく、自分はぼんやりと、まるで鋭いナイフのような三日月をただ見上げていた。

どうしてここにいるのか。何故皆起き上がらないのか。

そんなことすらどうでも良かった。
ただ独り、ずっと月を見ていた。

そんな時だ、彼が現れたのは。

「・・・何をしている?」

低い声が少しだけ揺れたように感じたのは気のせいだろう。その後の彼はいつだって厳しい表情しか見せなかったのだから。
答えずぼんやりと月を見続けていたら、再度同じ問いが繰り返された。

「何をしているのかと聞いている」

「・・・見てる」

「見てる?何をだ」

「・・・あれ」

すっと指差した空に走る一筋の傷のような月に、彼が隣で小さく頷いたのが気配で分かった。

「月か・・・。では何故月など見ている?」

「きれい、だから」

それ以外に理由などない。ただ綺麗だから。
変なことを聞く人だと思う。
それが伝わったのか、彼が低い声で小さく笑った。

「お前・・・親は?」

「知らない」

「知らない?そこに転がっているのはお前の親ではないのか?」

「・・・分からない・・・」

自分でも分からないことを聞かれても答えようがなくて、どうでもいいことのようにぽつりと答えた。

「そうか。ならばオレがお前を連れて行っても、誰に文句を言われる訳ではないな」

連れて行く?

誰が、誰を?

そこで初めて振り返った声の主の異相に、少しだけ瞳を見開く。
左目から左頬にかけて大きく抉られたような傷跡。その醜く引き攣れた傷跡の中で、闇よりなお深い漆黒の瞳が自分を映していた。

「怖いか?」

オレが。この傷が。

嘲笑するかのように低く笑った彼に、ゆっくりと首を振る。

「怖く・・・ない」

「ほう、何故だ?」

片方の眉を上げて、面白そうに自分の答えを待つ彼に考える。何故だろう。否、何故と思うことすら、今、問われるまで思わなかった。

落とした視線の先、己の小さな手が映る。

泥で汚れた小さな手には、何もない。

そう、何もないのだ。自分には。ただこの身体のみが在るだけで。

息を吸って、そして吐くだけの、もの。

胸の奥で脈打つものですら、まるで他人のもののようにしか感じられない。

だから。

「怖いものなんて・・・ない」

失うものなど何もないのだから。

「・・・お前に決めよう」

彼が、笑った。興味か、はたまた気まぐれか。彼が死んだ今となっては分からないけれど、確かにその時彼は自分を選んだのだ。

不意に抱き上げられ、急に高くなった視線に戸惑う。ぐらついた身体を支えるために腕が彼の首に自然と回った。それに構うことなく歩き出した彼の肩越しに見上げた三日月は、やはりとても綺麗だった。






それが剣の師匠たる彼との出会い。

十年一緒にいて、剣に関するありとあらゆる知識を叩き込んだ彼が、剣聖と呼ばれるほどの剣士だったことを、彼が死ぬまで自分は知らなかった。

二人の間で交わされたのは、必要最低限の言葉と、そして剣。

彼のことなど何も知らない。
きっと彼も知らせる気などなかったのだろう。

他人と言うには、近過ぎて。家族と言うには遠過ぎる。

彼との関係が何だったのか。
それは今でも分からない。



教えられたのは、人を斬ること。ただそれだけだから。










END




拾われ編。そしてすみません。このお話はオリキャラばっかりになりそうな予感。


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