つらなりぼし


[2]




どこまでも穏やかで、あたたかな場所。
響いているのは、同じように時を刻む鼓動と、身動ぐ度に揺れる微かな水音だけ。

閉じられた世界の中で。

ただ寄り添うようにある・・・互いの存在だけがすべてだった。



それは・・・遠い、はじまりの記憶。





青い、青い空。

ああ、空はこんなにも青いのに。
どうして、何故。
自分はこんな場所にいるのだろう。



ガラス窓に切り取られた向こう側。
どこまでも続く青い空に、胸の奥が焦げ付くような何かを訴える。




「・・・か、聞いていますか、ジョミー・マーキス・シン!」

苛立ちを含んだ声が教室内に響いた。
神経質なその声に、またかと、小さくため息を吐く。
ゆっくりと窓から視線を移したジョミーの目に、教壇で教科書を片手に眉を釣り上げている女教師の姿が入った。

「今は授業中ですよ!授業中は、授業に集中しなさいと、いったい何度言えば分かるのですか、あなたは」

放課後、職員室に来なさいと、不機嫌そうに告げられ、こうして何度目になったか分からないほどの呼び出しをされることとなった。






「まったく、あなたときたら!同じ双子のブルーはあんなにも優秀なのに」

ありがたくも何ともない長い説教の後、ぶつぶつまだ小言を言う女教師の言葉なんて、耳にタコができるほど聞いた言葉だから、今更どうということもない。

双子だから、双子なのに。

笑ってしまうほど陳腐な台詞だと思う。
どうして人は判を押したように同じ言葉を言うのだろうか。

だから、傷つくことなんてない。
だからこの胸を刺す痛みなんて気のせいに過ぎない。

・・・だって自分は傷ついてなどいないのだから。

「失礼します」

ガラリと職員室のドアが開き、聞きなれた声が聞こえた。顔を向けた女教師の顔がどこか媚を含んだような笑顔になる。

「ああ、ブルー。ごめんなさいね、忙しいのに」

「いえ、ジョミーは僕の大切な弟ですから」

微笑んだブルーが隣に立つ。
毎度毎度呼び出されたジョミーを迎えにくるのは、双子のブルーにいつの間にか決まっていた。もう子供ではないのだから、別に来なくてもいいのにと思うのに、海外赴任中の父母の代わりに君のことは僕が責任を持たなくてはと、なんだか自分だけ大人みたいな言い方をされて今に至る。
ちらりと横目で見れば、ブルーが一言二言女教師と言葉を交わし、相手が頷いた。どうやら今回はここまでのようだ。

「もう、帰っていいわよ」

「ありがとうございます、先生」

女教師の言葉に、黙ったままのジョミーに代わり、ブルーが頭を下げる。

「・・・本当、双子なのにどうしてここまで違うのかしら」

出来の悪い弟を持つと大変ね、ブルーも・・・と微笑んだ女教師の笑顔が、次の瞬間凍りつく。

「先生?ジョミーは大切な弟だと申し上げましたが?」

誰もが振り返る端正な顔立ちに、極上の笑みを浮かべブルーが首を傾げる。
だが、その声に宿る響きはあまりにも冷たい。

「・・・あ、ああ、いえ、そうね。ああ!もうすぐ会議に行かなくては!今度からは気をつけるのよ、ジョミー」

慌てたように資料を掻き集め始めた女教師に一礼し、二人で職員室を後にした。長い渡り廊下を歩きながら、先ほどのブルーの言葉に、また胸の奥がちくりと痛みを訴える。



ブルーはいつだって優しい。

優しすぎるほど、自分に甘い。

それだから、自分は。

自分は・・・。



「・・・ジョミー?どうしたんだい、急に立ち止まったりして」

怪訝そうにブルーが振り返る。どう言えばいいんだろうか。言葉を、探す。

「・・・止めて・・・欲しいんだけど、あーいうこと、言うの」

「あーいうこと?」

首を傾げたブルーの態度に苛立ちが募る。分かっているくせに。
リノリウムの白い廊下に視線を落としながら続けた。言葉にするのは難しかったけれど。

「あれ・・・だよ、あれ。大切だとか・・・そういうこと!」

「何故?」

どうしてそんなことを言うのか分からないと書いてある顔に、口篭る。

「・・・恥ずか・・・しいからに決まってるだろ・・・」

違う。

そんなことじゃない。

「なんだ、そんなこと?だって本当のことじゃないか。恥ずかしがることなんて何もないよ」

にっこり微笑むブルーに泣きたくなった。

そうじゃない。そんなことじゃないんだ。

「・・・もう、いい」

俯き、歩き出そうとした。けれど、できなかった。
ジョミー、と急に手を取られ引き寄せられる。驚き振り返ったジョミーの前に、ブルーの鮮やかな真紅の瞳が飛び込んできた。

「な、何?」

じっといつにないほど真剣な表情で見つめるブルーの瞳に、不安げな表情を浮かべた自分の姿が映っていた。ああ、何て頼りない顔だろう。

「ジョミーは・・・」

そこで一端口を閉じ、次いで開こうとした口を、唇を噛み締めるように閉じたブルーが小さく頭を振る。不可解な行動の意味が分からず眉を顰めたジョミーの髪をくしゃりと撫ぜ、ブルーが微笑んだ。

「ジョミーは僕の大切な弟だよ。誰が何と言おうと」

「ブルー・・・?」

じゃあ、僕も行くね、生徒会の仕事があるから・・・ジョミーも部活頑張ってと歩き出した背中に何故か声をかけることができなかった。



何故だろう。



その微笑みが。
その背中が。



・・・泣きそうに見えたのは。










END




ようやく第二話ですが、前半部分なんだかやけに暗いです、ジョミーが。
ちなみに、ジョミーとブルーの父母は現在海外赴任中で家にはいません。だから、ブルーとジョミーで家事を分担しつつ生活してます。いいなぁ、二人っきりの生活vv


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