少年には守りたいと願う人々がいた。

決して・・・失いたくないと願う友もいた。



丘の上、一人。

風の声に耳を澄ます。

聞こえるだろうか・・・今はもういない、君の声が。





風の道標






長き戦いの後、トラン共和国が成立して3年が経った。
強大な皇帝を頂き、専制君主政治を行っていた赤月帝国に替わり、民意を代表する大統領が選ばれ治める共和国へと生まれ変わったこの地には。
笑顔に隠された、癒されない傷跡がいまだ残っている。

時はどんな傷をも癒す。
癒されない傷などないのだ。

そう、言ったのは誰だったのか。

眼下に広がる小さな村を見下ろし、少年は小さく呟いた。
沈む夕陽の欠片が残した最後の輝きの中、家々にぽつぽつと灯りが灯り始めた。
一軒・・・また一軒・・・。
薄闇の中。それはまるで祈りを捧げる蝋燭の光のようで。
揺らめいて。滲んだ。

「テッド・・・」

右手を知らず握り締めていた。
ここには友から最後に託された紋章が、ソウルイーターが、在る。
湧き上がるような、疼くような痛みに、ぎりりと爪を立てた。
ソウルイーターの熱が手袋越しにも感じられる。

「テッド・・・君も・・・」
こんな思いをしていたのだろうか。

マモリタイ。マモリタイ・・・マモリタイ!
コワシタイ。クライタイ・・・クライツクシタイ!

相反する二つの感情が、身体の奥深くで鬩ぎ合う。

まだたったの3年だ。

たったの3年・・・。

「テッドに比べたら・・・こんな・・・」

脳裏に浮かんだ、少し心配そうなテッドの顔に願う。

そんな顔をしないで欲しい。

いつだって。そう、いつだって。
彼は自分の背負うものについて一言も言わず笑っていたのだ。
ただの一度だってそんな顔を自分に見せたことなどない。
それは紛れもない、彼の強さ。

なのに。

自分を見つめる彼の瞳のなんて辛そうな・・・。

「心配しないで。大丈夫。大丈夫だから・・・」

あの時、彼は言った。


―――すまない。


そう、言ったのだ。

そしてあの谷でも。
最期に見せたのはやっぱり笑顔だった。

涙を流す頬に伸ばされた震える指先。
呟くように囁かれた彼の言葉。


―――こんなものを親友のお前に託す自分をどうか許して欲しい・・・。
    もしかしたら、ジーク・・・、お前はオレを憎むかもしれない。
    お前の全てを奪い壊したのは・・・オレ、だから。
    それでも。
    大切なお前を守るためには、この方法しかないんだ。

    ソウルイーターは、持つ者にとって最も近しい者の魂を喰らう。

    例え、誰が犠牲になっても。
    お前が一人きりになってしまっても。

    お前を守りたかった・・・。

    それはきっとオレのエゴだけど。

    旅の始まり。
    旅の終わり。

    そのどちらにも、ジーク、お前がいたんだ。

    もう目なんて見えない、けれど。
    泣くなよ、オレなんかのために泣くなって。

    オレは・・・ただ、お前に会えたことで十分なんだから・・・。


この紋章とともに、300年間放浪という時を過ごした親友の亡骸は、さらさらと砂のように解けて、シークの谷へと消えた。

「心配しないで・・・大丈夫だから」

自分は、この紋章とともに生きると決めたのだ。

父を亡くした時。
母親代わりの青年を亡くした時。
そして。
テッド・・・君を失った時。

君の願い、君の想い。
全てを受け継いで、僕は生きていく。

そう、決めたのだから。

これぐらいのことで負けたりなんかしないよ。

振り仰いだ空に輝きだした星々を見つめ、記憶の中の友に呼びかける。


ふと、どこかでテッドが笑った気がした。


視線を戻し見下ろした先には、温かな灯りの灯る家々。

あの戦いで失ったものは、果てしなく大きく。
二度と取り戻せないものばかり。

だけど、少年と、そして皆で守ったものが、ここにある。

本当に守りたかったもの全てを失ってでも、少年が守ったものが、ここに。

深く深く、抉られたような心の傷はいまだ癒えないけれど。
少しでも守ることのできたものがある。
それだけが、今は救い。

その温かな光に、見つめる少年の瞳がほんの少しだけ和らいだ。



風が、丘を吹き抜ける。

それはまるで彼の声のようで。


涙が、零れた。










END




テッド坊・・・のつもり。だよ?倫ちゃん(泳ぐ目)
ええと、これは、友人への誕生日祝いの品であります。
彼女たっての希望ということで。
ちなみに私もテッド好きです。
思わずテッド出るんだ!?と言って4を買ってしまったぐらい。
まだやってないどころか、封も開けていませんが(死)


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