風鈴










季節は夏。

ロックアックスも春夏秋冬の別があるとは言え、地理的に北方にあるため夏は涼しく冬は極寒の地と化す典型的な北国である。
比べてここノースウィンドゥはロックアックスよりもかなり南下した位置にあり、当然夏の暑さも数段厳しい。

彼の涼しげな容貌も影響しているのだろうが、このような暑い季節にも拘らず暑苦しさを感じさせないカミューの姿は、同じマチルダ騎士団の制服を身に纏う者として賞賛に値した。
元々ロックアックスの気候に合わせて誂えてある制服なので、部下達が根をあげるのも仕方が無いのだ。
自分もかなり暑さに参っているらしい。
これではいかんとマイクロトフはふと一息つき、一分の乱れもなく着こなした制服で再度背筋をきりりと伸ばすと、先程から視界に映っていたカミューに向かって歩き出したのだった。



かつかつと歩くマイクロトフの足音は昼下がりの廊下では良く響く。
どこか気怠げな雰囲気を醸し出す初夏の午後の雰囲気を一掃する規則正しいこの音が酷く彼らしく感じて、くすりとカミューは笑った。

カミューは振り返るとマイクロトフに向かってひらひらと軽く手を振る。
その仕草につられたのか生真面目そうなマイクロトフの表情が少し緩められ、口元に微かに笑みが昇るのが見えた。
ごく自然に形作られた彼の自然な表情は普段の厳しい顔からは想像出来ないほどの柔らかなもので、本人は自覚していないのだろうがそれは他人に心を許している時の表情だ。
そんなマイクロトフの表情一つで一喜一憂し踊らされる自分は一体何なのだろう。
相当彼に侵食されているなと実感し、可笑しくなった。

改めてマイクロトフを見遣ると、この暑さの中でも薄っすらと汗を掻くのに留まっているその様子にカミューは内心密かに賞賛する。
だが如何せん見た目に暑苦しい。
首許まできっちりと締めた制服に目を遣り、もう少し緩めたら?とカミューが冗談交じりに言ったのだが、マイクロトフはそんなことはできるかと子供っぽいとも言える顰めっ面を浮かべてあっさりとカミューの提言を切り捨てたのだった。



「どうしたのだ、それは?」
不思議そうな顔でカミューの手元を見遣るマイクロトフはなかなか可愛い。
己の腐った思考―――と言ってもカミューにとってはこれ以上ないほどの自然体なのだが―――を宥めつつ、今日リーダー殿が市場へ行かれたそうなんだがと前置きしてマイクロトフに説明する。
「リーダー殿から風流なものを頂いたんだ。
 綺麗だろう?」
カミューがマイクロトフにそっと差し出すと、マイクロトフは興味津々といった態で覗き込んだ。

紐で吊るされた小さな釣鐘状のガラス細工が風に揺れてちりちりと音を立てている。表面には魚と植物が描かれており、淡く青みがかったガラスは水の中を連想させた。
微風が通り過ぎるたびに微かに鳴る音色が涼を誘う。清涼感のあるその音をマイクロトフが目を閉じて聞く姿に、カミューはふふふと笑った。

「風鈴と言うそうだよ」

カミューがどうぞとマイクロトフに手渡す。
陽に反射して光るガラスの部分が目に眩しいのかマイクロトフは目を細めるが、それでも飽きずに風鈴を眺めている。その様子が可笑しくて、再度カミューは声を立てて笑った。

「私達があまりに暑苦しそうな格好をしているものだから、リーダー殿がせめて音だけででも涼を取ってくださいと言って下さったんだよ」
涼しげだよね、執務室に飾ろうかとマイクロトフに向かって言うと、うむとやけに嬉しそうに頷いた。相当気に入ったらしい。
相変わらず可愛い奴だ。
カミューはマイクロトフの顔をつらつらと見つめ、微笑んだ。



城主からのささやかな贈り物をぶらりと手に提げて歩く赤青両騎士団長の姿はちりりと鳴る風鈴の音と相俟って、幾分涼しげである。
カミューの隣でかつかつと歩くマイクロトフだったが、突然歩みを止めてカミューを見遣る。何?と訊くと、マイクロトフは別に大した事ではないのだがと言いながらも、じっとカミューを見つめた。カミューは何故か訳もなく緊張してマイクロトフを見守る。

「・・・本当にお前は涼しそうな顔をしているな。暑くないのか?」

カミューは思わず問われた内容に脱力して苦笑する。
あれだけ緊張したのに結構な肩透かしを食らってしまったようだ。
「暑いにきまってるじゃないか」
ほらと差し出した手にマイクロトフがぽんと手を重ね合わせると意外そうな顔をする。
何を期待していたのか知らないが、30度を超える気温の下では、少々平温が低めのカミューの掌もしっとり汗ばむというものである。

「・・・カミューも人の子だったのだな」
とぼそりと呟くマイクロトフにそれはないだろうとカミューは内心ぼやく。

「私からしてみればお前のほうがよっぽど涼しそうだけどね。
 こんな暑い中で青騎士団長の制服をすっきり着こなしているお前に言われたくないよ」


赤騎士団長のそれよりかなり長い上衣を指差して少し揶揄ってやると、マイクロトフは憮然とした表情でもってカミューを睨んだのだった。










END




青柳を叱咤激励し、手に入れた赤青です。
自分が赤青主なくせに、なかなか書かない青柳に書かせるのはかなりの苦労を伴いますが、良いですね、時事問題(違う)的で。
涼しげな夏ネタ・・・二人の仲睦まじい様子に、へにゃり・・・と頬が緩んでしまいますv


→ブラウザのバックボタンでお戻りください。