先生の笑顔が大好きだった・・・

ちょっと照れたようなあの笑顔が・・・

だから・・・

だからどうか笑ってください

オレが最期の瞬間もどうか・・・

先生の笑顔を胸に抱いていきたいから



笑ってください・・・










約束












「おい、ナルト・・・どうしたって言うんだ?いったい・・・」

腰に手をあて、溜め息混じりにイルカは背後を振り返った。
その視線の先には、嬉しそうに笑って自分を見上げる金の髪の子供が一人。
頭の後ろで両手を組んで立っていた。
「え?なに?なに?イルカ先生!」
オレのこと呼んだ?とばかりにいそいそと駆け寄ってくる。
「いや、だから・・・そうじゃなくて!お前・・・どうしたんだ?」
ここのところ変だぞ?
ずっとオレの後ろに付いてまわって・・・
「何かあるなら言ってみろ?こうずっと後ろにいられたら気になって気になって・・・」
困ったように、心配そうにナルトを見つめるイルカに?
ナルトがにっこり笑って答えた。
「何にもないよ?たまたま先生の後ろにいるだけだってば!」
「そうか?」
「そうそう!」
「なら・・・いいんだがな」
釈然としないままに、それでもしがない教師の身としては雑用等で忙しくて。
腕に抱えた報告書を持ち直して、火影の所へと向かった。





「失礼します!」
その日の報告を終え・・・
頭を下げて火影がいる執務室から出たその前に。
「・・・ナルト?」
ちょうど戸の向かい側、廊下の壁にもたれながらナルトが眠っていた。
こくり・・・と動いては揺れる金の髪が、窓から差し込む夕陽を反射してきらりと光る。
どうやらイルカが火影に報告している間に・・・待ちくたびれて眠ってしまったらしい。
「仕方ない奴だな〜」
そう口では言いつつも、どこか嬉しげな表情を浮かべてイルカはしゃがんだ。
自分を眠くなるまで待っているこの子が愛しくて。
ほんのりと温かな感情が胸に広がる。
「あ〜あ・・・涎まで垂らして・・・」
くすりと笑い、そっとその小さな身体を背中に背負う。
「さてと・・・帰るか」





いつもなら・・・
沈みかかった夕陽に染まる里を一人家路へとつく寂しさに
どうしようもないやるせなさを感じるけれど・・・
でも今日は違う
背中に背負った温かな重みが
心まで温かくしてくれるようで
ひんやりとした夜の風さえ心地よく感じる





「・・・ん・・・」
あ?
目が覚めたらそこは広い背中。
半分寝ぼけている目の前できゅっと括られた黒の髪が揺れた。
「お?目が覚めたのか?」
ふいっと頭が動いてイルカの黒い瞳が優しくナルトを見た。
「イルカせんせぇ・・・」
「まったく!あんなところで寝てると風邪引くぞ?」
気をつけなさい!
「ご、ごめんなさい・・・」
でも嬉しくて・・・
イルカが怒っているのは自分を心配してくれてる証拠だから・・・
緩んでしまった頬を隠すように、きゅ〜っとイルカの首にしがみついた。
「ねぇ・・・先生?」
「なんだ?」
だいたいお前はだな〜と続けようとしていたイルカがナルトの言葉に律儀に返す。
「オレ・・・イルカ先生のこと大好きだってば!」
すっごく好き!
先生に会えて本当に良かった・・・
最後の言葉は心の中で。
そしていっそう力をこめたまま沈黙した。
「ナルト?」
いきなりどうしたんだ?
イルカは自分の首にしがみつき、肩口に顔を埋めたままのナルトを見た。
表情は分からないけれど?
やっぱりどこかいつもと違うような気がして・・・
「ナル・・・」
「あのさ・・・」
心配になって問いただそうとした時。
ナルトが不意に口を開いた。
どこか・・・静かなその口調に言いかけた言葉を思わず飲みこむ。
「あのさ?先生・・・」
イルカの肩口に顔を埋めたまま・・・そっと囁くように呟く。
「オレ・・・先生の笑顔が一番好き!」
だから・・・
先生には何があってもずっと・・・ずっと笑っていて欲しいってば!
「ナルト・・・?」
「ずっと・・・笑っていてね?」
約束・・・
そう・・・切なげに囁いたナルトは次の瞬間。
とんっとイルカの背中から降りていた。
「先生!ありがと!」
もうここまででいいってばよ!
そう笑って?
イルカが何か言う前に・・・駆け出して行ってしまった。
その小さな背中が夜の暗闇の中へと溶けるのに、そう時間はかからない。
「ナルト・・・?」
残されたイルカは、ただ見送ることしかできなかった。
突然温もりを失った背中がぞくりと震える。
それは寒さのせいか・・・
それとも言い知れぬ不安のせいか・・・
イルカは知らず・・・両腕で己の身体を抱きしめていた。





そして・・・

不安は現実となった・・・





「火影さま!いったいどういうことなんですかっ!」
執務室で煙管をふかし外を見つめる火影に、イルカは必死の形相で詰め寄っていた。
あの日からナルトの姿はどこにもなく。
里には不穏な空気が生まれつつあった。
誰が言い出したのか・・・
”うずまきナルトが処刑される”
そんな噂が里中を密やかに・・・だがはっきりと駆け巡っていたのだ。
その噂がイルカの耳に届いたのはつい今しがたのこと。
同じくアカデミーに勤めている教師たちが話しているのを偶然聞いてしまった。
そしてその足でイルカは火影の元へと駆け付けたのだ。
聞いた瞬間の、全身の血が逆流するような感覚が今もなお身体中を支配している。
そんなイルカをちらりと横目で見た火影は、深い溜め息を一つつくと。
ようやくその重い口を開いた。
「イルカ・・・お主が聞きたいのはなんじゃ?」
ナルトの行方か?
それとも噂の真実か?
「その両方に決まってるじゃないですか!火影さま!!」
貴方は知っていらっしゃるんでしょう!?
悲鳴のような叫びが部屋に響く。
火影がゆっくりと煙を口から吐き出した。
「噂は真実じゃよ・・・」
ここまで言えば、お主が知りたがっている、ナルトがどこにいるのかも分かるじゃろう?
「何故・・・ですか?」
怒りを押さえた・・・うめくような声が火影に問いかける。
「何故今更そんなことに!!」
「予兆があったんじゃよ・・・」
「予・・・兆?」
この部屋を支配する重苦しい雰囲気とは裏腹に?
どこまでも蒼く済みきった空を流れゆく白い雲を眺めながら、火影がぽつりと言った。
「あやつが言うにはな・・・もう限界なんじゃと」
「限界・・・?」
「抑えても抑えてもあれの気配は膨れ上がる一方で・・・もうこれ以上抑え続けることはできないと・・・」
「あれとは・・・まさか・・・」
「言わずとも分かっておろう?九尾じゃよ」
ナルトの身体に眠る九尾が・・・12年の歳月を経て蓄えた力は、器であるナルトのチャクラをも凌ぐものとなってしまったらしい。

頑張ったけど・・・これ以上はダメみたいだってばよ

そう・・・笑って火影に告げにきたナルトの表情は。
暗さなど微塵もなく?
いっそう清々しくさえあった。
その時のナルトを思い出し・・・火影はやるせなさそうに煙管を咥えなおした。
「そんな・・・」
他に・・・他に方法はないんですか!?
火影さま!!
どんっと机に身体ごと突っ伏し、イルカが叫んだ。
「ないんじゃよ・・・」
祈りに近いその叫びに火影は瞳を閉じて答えるしかなかった。
「そんな・・・」
ついこの間まで自分の後ろをついて回っていた子供。
この背中で自分の笑顔が大好きだと・・・そう告げたあの子が・・・
「あやつが決めたことだ。もう何も言うな・・・」
歯を食いしばるようにして涙を流すイルカに火影がそっと告げた。
「イルカ・・・お主は泣いてはいかんぞ?」
「・・・笑え・・・とそう仰るのですかっ!?」
そんなこと!!
「あやつの願いじゃ」
「!?」
その言葉に弾かれたようにイルカは顔をあげた。
流れる涙を拭うこともせず火影をまっすぐ見つめるイルカを。
火影もまたまっすぐ見つめ返しながら言った。
「”イルカ先生の笑顔が大好きだから・・・先生には笑っていて欲しい”・・・そうナルトがお主に言ってくれと」
それはそれは綺麗に笑ってわしに告げたんじゃよ。
それだけお主の笑顔がナルトにとっては大切なもので・・・
そして何よりも守りたいものじゃったのであろうて。
「ナルト・・・」
火影から伝えられたナルトの言葉に
唐突に、ここ数日あったナルトの行動の真意が分かった・・・
オレの笑顔を・・・
ナルト!
「・・・火影さま!ナルトに・・・ナルトに会わせてください!!」
「ダメじゃ・・・会わせられん」
「お願いします!」
「イルカよ・・・ナルトにはある術がかけられているんじゃよ。苦しみのない代わりに、徐々にその生命力を吸い取って行くという禁呪。その術が完成するまで3日掛かるが・・・今日はもうその3日目じゃ・・・」
とてもではないが・・・会わせられん・・・
苦しげな溜め息とともに吐き出された言葉に。
イルカは執務室を飛び出していた。
「イルカ!?待つんじゃ!!」
イルカ!・・・誰か・・・誰かおらぬか!
あやつを止めてくれ・・・誰か・・・
遠くに聞こえる火影の必死の叫びなどイルカにはもう聞こえていなかった。

ただ胸を占めるのはナルトのこと。

ナルトの笑顔。

あの子がオレの笑顔を守りたいと思ったのなら
オレだってあの子の笑顔を守りたかった・・・
あの子のことを憎んだこともある。
親の仇と思ったことも・・・
だけど!
あの子に会って自分は変わった・・・変われた。
あの子を抱きしめることで自分の傷も癒された。
あの子に会わなくては・・・
会って伝えなくては・・・
オレは一度だって言っていない!

―――オレだってナルトのことが大好きだよ―――

ナルトがいる場所は恐らく火影の屋敷。
人知れず・・・それでいてもっとも安全に事を始める場所はあそこを置いて他には考えられなかった。
押し止めようとする門番を振り払い?
イルカは強引に屋敷内へと入った。
ここは火影に連れられ何度も来たことがあるからだいたいのことは分かっている。
地下への階段を駆け下り・・・
分厚く重い鉄の扉を力いっぱい押し開けたその先に・・・
ナルトはいた。



そこはけして広くはない空間だった。
天井は低く重苦しいまでの圧迫感を感じさせる。
自分の荒い息遣いしか聞こえない静寂の世界。
そんな暗闇の中・・・
部屋の四隅に灯された蝋燭によって、その中心におぼろげに浮かび上がった朱色の方陣。
その中央に白い着物を纏ったナルトが力なく横たわっていた・・・



「ナルト!!」
「イルカせんせ・・・?」
イルカの叫ぶような声に、驚いたように見つめ返す蒼い瞳。
そこにはすでに死の影が強く現れていて?
すでに動くことさえままならない状態だったけれど・・・
ゆっくりとイルカの方へと手を伸ばそうとする。
駆け寄り方陣の中心に横たわるナルトを抱え起こす。
「せんせ・・・どうして・・・?」
ここが分かったの?
ここに来たの?
それらの問いがごちゃまぜになった瞳にイルカが優しく微笑んだ。
「ナルトに・・・言わなければならないことがあるんだ」
「え・・・?」
「ナルト・・・大好きだよ」
そう告げた瞬間
ナルトの瞳から涙が零れ落ちた。
「せんせぇ・・・」
力なく・・・けれど精一杯の力でイルカの左腕を掴んで・・・ナルトが呟いた。
「大好きだ・・・」
じっとナルトの瞳を見つめながら・・・イルカは涙を堪えて精一杯微笑んで囁いた。

それが自分にできるただ一つのこと

泣き笑いのように微笑むイルカを見上げ、ナルトは小さく微笑んだ。

ありが・・・と・・・

そして・・・
静かにその蒼い瞳を閉じた・・・















「ナルト・・・ナルト・・・ナルトぉ・・・・・・」
ぱたりと落ちかけたナルトの手を掴んだ瞬間。
堪えていた涙が堪えきれずにいっきに溢れ出した。
力の抜けた身体を全身で強く掻き抱く。

消えて行く温もりをどうにかして止めたくて・・・

どうにもならないことなんて分かっていたけれど

それでも・・・



後から後から溢れ出す涙。



”先生の笑顔が大好き!”

”先生笑って?”

”笑って!”



脳裏に浮かぶ愛しい子供の笑顔。
そして約束の言葉・・・



ああ、そうだったな
約束したな、笑うって・・・

笑うって・・・

でも

「ナルト・・・今だけ・・・」
今だけだから
その後は・・・
お前を思い出す時はいつだって笑って思い出すから



だからどうか今だけは泣かせてくれ・・・










頬を濡らす溢れ出す涙を拭うこともせず、
ナルトの身体を抱きしめ嗚咽し続けるイルカの背中を
駆け付けた者達はただ・・・見つめることしかできなかった・・・










END





『陽月』のらびっくさまへのお誕生日プレゼントとして
書いたイルナル小説でした〜。
ほへ〜イルナルなんて久々です・・・
初NARUTO小説の時以来ですよ!(笑)
今回は・・・
らびっくさんがイルナルをお好きなので
それじゃぁ・・・と思って書いてみたんですが・・・
時間は足りないわ・・・
うまく言葉が繋がらないわで・・・
難しかったです・・・(涙)
至らない所ばかりのへたれなものとなってしまいまいました(泣)
あ!でもでも?書いていてけっこう楽しかったです!
いえ、イルカ先生個人的に大好きなので(^^ゞ
・・・って死にネタで楽しいだなんて私ったら・・・(汗)
さてさてそれは置いといて・・・
このお話のキーワードは”笑顔”です!
私も大好きな?
イルカ先生の笑顔・・・
きっとナルトにとって・・・
一番大切なものだったのではないかと思います。
そんな想いを少しでも形にできていたら・・・嬉しいです。

らびっくさん!
お誕生日おめでとうございました〜!!


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