掌に一滴


岩の上から落ちる水滴を受け止めた



どこまでも暗い・・・光のないこの場所で

遠く高い岩の裂け目からの月明かりだけが唯一のもの・・・



いつから

いつまで



気が遠くなるような時を

時間の感覚も何もないこの暗闇で

一人空の欠片を眺めて過ごす



せんせぇ・・・会いたいよ・・・



ぽつりと零れた言葉にならない声を聞く者は誰もいない・・・




今日も空を一人・・・見上げる










その手に受けるもの











『うずまきナルト』
年齢12歳。
身体的特徴・・・金の髪に蒼い瞳。両頬にある三本線の痣。
成績はアカデミー時代は落ちこぼれの名前を欲しいままにし、下忍として任務につく今も一人よがりな先走った行動のために、ターゲットを逃すなどの失態を演じている。
しかしその力は未知数であり、そしてその意外性は上忍の予想すら越えるものである。



そんな簡単なデータ一つで君が分かるわけじゃない

そんなことで君の存在全てが表されているわけじゃない

でもね、そんなデータすら今は・・・

もうないんだよ・・・










「・・・シ!」

うるさい

「カカシったら!」

うるさい

「ねぇ、聞いてるの?」

うるさいんだよ

「カカシっ!!」

「・・・うるさい」

「やっとこっちを向いてくれたわね・・・」



アカデミーの廊下。
時刻は午後5時をまわって生徒はすでに帰宅していない。
人の気配が消えた閑散としたアカデミーの中で、カカシは紅に呼び止められた。

呼び止めた紅は・・・翳りを帯びた表情で振り返ったカカシを見つめた。



酷く冷たい目をした男。
そんな印象が今のカカシにはある。
それはまるで研ぎ澄まされた刀のように・・・触れるもの全てを切り裂いて。
己自身すらその刃で・・・
傷つけているような・・・そんな気がしてならない



昔の彼はこんなだった
あの子に会う前の彼

だけど

あの頃の彼からは同じ上忍ですら恐れるほどの冷たさと恐怖を感じたけれど

でも

今の彼は・・・それだけじゃない

痛いくらいに辛そうで・・・辛そうで見ている方が哀しい

そう

それはあの子がいなくなってから

金の髪のあの子が消えたあの日から

彼は変わってしまった・・・



一つ溜め息をついて紅はカカシに話し掛けた。

「ねぇ、もういいでしょう?もう十分でしょう?」

「・・・」

「あの子はもうあなたの手には届かない」

「・・・れ」

「それは誰のせいでもなく、仕方ないことだったのよ・・・」

「・・・まれ」

「お願いだから前を向いて?これ以上は決してナルトだって・・・」

「だまれ!」

「カカシ・・・」

「オレは諦めない。絶対に探し出す。それだけは譲れない」

「カカシ・・・」

「譲れないんだ・・・」

「お願いだからそれ以上自分を追い込まないで・・・」

「紅・・・もうオレに構うな」
それ以上は例えお前でも許さない・・・

「カカシっ!!」



そう最後に低く呟いてカカシは後も振り返らずに立ち去った。
残された紅は、握り締めた拳を壁に打ち付ける。


「お願いだから・・・そんな哀しい顔をしないでよ・・・」


俯き呟いた言葉はカカシには届かない。


消えたあの子どもにココロを奪われた一匹の獣。
その背中は酷く寂しげで・・・哀しげだった・・・





ナルトが消えてから一年。



その間うずまきナルトは里の奥深く・・・
誰の目にも触れない場所に監禁されていた。



暗い暗い牢獄に。

己に巣食う九尾とともに。



事の発端は謂れのない憎悪でナルトを殺そうとした男達。
一年前のちょうど今頃。
落ち葉が舞い落ちる季節にそれは起きた。


数人の男達によるナルトへの暴行。
たまたま上忍としての任務のために外部へ出かけていたカカシが戻った頃には全てが終わっていた。


チャクラの暴走による虐殺。


暴走したチャクラはナルトを暴行した男達を千々に引き裂き
里の森全てを焼き払った・・・


全ての人が目にした空を朱に染める炎


これ以上三代目にはナルトをかばうことなどできようはずもなかった。
それまでに鬱屈した不満・・・憎悪・・・恐れ。
それらが一気に噴出して・・・里は一種異様な雰囲気に包まれた。

ナルトの処刑を求める里人達に対して三代目ができたこと。

それは・・・

一生ナルトを監禁し外へと出さないということだけだった・・・

そしてナルトに関するすべてのものが消去された。

まるで最初からそこに存在しなかったように。





全てはカカシのいないたった数日の間の出来事。


その数日でカカシの全てが奪われた。










†††††











「ナルト・・・」



灯りもつけない薄暗い部屋でカカシは一人窓の外を見上げた。
冷たい光を放つ欠けた月。


一年前任務に出かける前にナルトと二人見た月と同じ・・・


あの時は綺麗だった
その優しい光に二人で魅入って・・・
優しいキスを交わしたね
月明かりの中の君は本当に・・・本当に綺麗だった


なのに今は・・・


どこまでも冷たくて
カカシのココロを突き刺すその光



「どこに居るんだよ・・・ナルト」



一年前と変わらない部屋
空に浮かぶ月も同じなのに



君だけがいない



君だけがここにいない



堪えるように?
ぎゅっと拳を膝の上で握り締める。


ココロはとうに凍り付いて


ただ君の名前だけがオレをここに繋ぎ止めている



「絶対に・・・探し出す」


探して
見つけて
抱きしめて
そして
ずっと一緒にいよう


瞳を閉じて
この一年繰り返した言葉をまた今日も繰り返す。


誓いは・・・果されるためにあると・・・オレは信じている










†††††











月の光・・・


岩から洩れる僅かなそれを抱きしめて

抱きしめて想う



先生に・・・オレの想い・・・届くといいな



涙さえオレには流す資格なんてない
オレはそれだけのことをしてしまったから



だから幸せなんて望んでない

望んじゃいけない



だけど・・・

せんせぇ・・・会いたいよ・・・



一目だけで・・・一目だけでいいから・・・










†††††











密やかに続けられる潜入。
カカシは自分の命の危険すら顧みずにナルトを探し続けた。




そしてついにカカシはナルトを見つけた・・・




「ようやく・・・見つけた」



それは火影の屋敷の奥に隠された?
とても小さな暗い地下道を抜けた先にあった地下牢。
頑丈な格子が岩にはめられた天然の岩屋を利用したものだった。

微かな光の中・・・
零れ落ちるその光を見つめるナルトの後ろ姿が目に入った。


「ナルト・・・」


叫びたいのにからからに乾いた口ではうまく言葉を紡げない。

だけど掠れたように響いたその小さな音に影が降り返る。

驚愕に・・・そして泣きそうに歪められた一年ぶりの愛しい子どもの顔。


「カカシ・・・せんせぇ・・・」


一年ぶりの・・・声。


気がつけば牢の側に駆け寄っていた。


「ナルト!」

「せんせぇ!」


格子の隙間から小さな・・・手が伸ばされる。
それを優しく・・・だけど強く握り締めてカカシは牢のすぐ内側にいるナルトの顔を見つめた。


少し・・・やつれたような気がする。
髪だってくしゃくしゃだ・・・
それでも。
今も昔も変わらない蒼い瞳・・・


愛おしくて
愛おしくて
愛おしくて


言葉にならない想いが溢れる。

そのまま握り締めた手をそっと・・・唇にあてる。


「カカシ先生・・・どうしてここが・・・」

「待ってろ?今・・・すぐに出してやるから」


しかしその時。
名残惜しげに手を離し?
格子にかかる鍵を調べ始めたカカシに聞こえた信じられない言葉・・・


「いいってば・・・先生・・・」

「ナルト?」

「来てくれただけですっごく嬉しかった・・・」
先生ありがとう・・・

「ナルト!?」


素早くカカシの服から抜き取られたクナイ。
それを握り締めてナルトは牢の一番奥へと後ずさった。


「ナルト!?何をする気だっ?ナルト!!」


ちりちりとした嫌な予感が胸を刺す。
カカシは格子に手をかけ、叫んだ。

その目の前で。

ナルトはにっこり笑ってカカシに告げた。

「先生・・・オレはここから出ちゃいけないんだ」
だってあんなことをしてしまったんだもの

「それは・・・!?それはお前のせいじゃない!!」

「ううん、違うってば・・・オレのせい」

「違う!!」

「ここに閉じ込められてからずっと考えてたんだ」

「ナルト・・・」

「オレは外に出ちゃいけない。それはどうしようもないことだって」



でもね・・・ここは・・・冷た過ぎるんだ・・・

ここでどうしようもない生命を紡ぎ続けるくらいなら

オレは死んでしまった方がいいんだってばよ・・・



「ナルト・・・やめてくれ・・・」

「最期に先生の顔が見れて良かったってば」

本当に・・・良かった・・・




にっこりと涙を浮かべた蒼い瞳はどこまでも静かで
カカシは魅入られたように動けなかった・・・





そして

紅い花が散る・・・





「うあああああああああああああっ!!!」


夢中で伸ばした手
でも
格子に阻まれた手では腕では・・・


ナルトに届かない


ナルトを抱きしめられない


力なく崩れ落ちた小さな身体


広がる紅い血溜り


全てが信じられなかった

信じたくなかった



だけどそれは紛れもない事実・・・










そうしてどのくらいの時が過ぎたのか・・・
長い間放心したように座り込んでいたカカシが立ち上がった。


のろのろと・・・緩慢な動作で鍵を開ける。
ガチャン・・・と外れて落ちた鍵の大きな音さえ耳には届かない。


ゆっくりと中へ足を踏み入れ・・・倒れたナルトを抱き抱える。


すでに冷え切って・・・

息をしていないその身体


なら迷うことはない・・・


だってナルトはもう死んでしまったのだから


オレのするべきことは一つだけ・・・


ナルト・・・オレを置いていくことなんて・・・許さない・・・





そして・・・
ナルトの胸から抜き取った血に濡れたクナイを?
カカシは躊躇いなく己の胸に突き刺した・・・










それは・・・微かに洩れ落ちる月の光だけが見ていたこと・・・










END




すみません・・・死にネタに・・・ι
予定では二人して里を抜けてハッピーなお話になるはずだったんですが。
書いている途中から、話がどんどんこっちにずれていってしまったのですよ〜(>_<)
あわわ、おめでたい10000HITi祝いがこんなもので本当にごめんなさい!!(汗)
でもでも10000HITおめでとうございます!!


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