いつかお前に
あの空のような海を見せてあげたいね・・・


そう言ったのはあの人だった。










あの青空の下で











―――お前の瞳はまるで海のようだね



そう言って微笑んだあの人の瞳は、とても優しい色をしていた。



―――イタチにいちゃん・・・うみってなあに?



聞き慣れない言葉が何を指すのかよく分からなくて。
きょとん・・・と小首を傾げたオレの頭をあの人が優しく撫ぜる。
くしゃくしゃと、髪を撫ぜる手から伝わる温もりがオレは大好きで。
そして、そうされることがとても嬉しかった。
少しはにかんだように笑い、目を伏せたオレを覗き込むように見つめ、あの人が笑う。


―――海はね・・・広い・・・広い・・・そうだね、水溜りみたいなものだろうか

―――ひろい・・・ってこれぐらい?


両手をいっぱいに伸ばしたオレにあの人が首を振る。


―――えっと、えっと!じゃあ・・・これぐらい?


立ちあがって腕を大きく振り回したけれど、あの人は首を振るだけ。
自分で測れる範囲なんてその程度のまだ幼い子どもには、海がどれだけ大きいのか皆目見当もつかなくて、とにかくものすごく大きいのだろうと思った。


―――す・・・っごいんだね、うみって


―――それだけじゃないよ、ナルト


感心したように頷くばかりのオレを引き寄せ、組んだ足の上に座らせたあの人が小さく笑う。背中越しに伝わる、静かな声がゆるゆると身体全体に浸透する。
何度聞いても、何を聞いても心地よいあの人の声。
そんなに口数の多い人ではなかったけれど、今は珍しく饒舌になっている。
それが嬉しくて。
もっと聞いていたくて。
オレは振り仰ぐようにしてあの人を見つめた。


―――海はね・・・


そこで言葉を切り、視線を外してあの人が空を仰ぐ。
つられて見上げた青い空。
雲一つない晴れた空に、目を奪われる。


―――あの、空のように青く・・・広いんだ


―――あおく・・・ひろい?


―――お前の瞳のようにね


―――オレ・・・の?


―――そう、お前の瞳の色がどこまでもどこまでも続くんだよ










―――いつかお前にあの空のような海を見せてあげたいね・・・

そう言って微笑んだ姿に、頷いた幼いオレ。
約束は果たされることのないまま・・・あの人は里から姿を消した。










波の国で初めて見た青い海。
どこまでもどこまでも・・・水平線に消える空と海との境界線。
あの人の言葉通りの広さに言葉を失った。
浜辺に駆け出し、波打ち際に足を踏み入れたオレの心に。
寄せては返す波のように、遠いあの日の言葉が繰り返される。
今はいないあの人の・・・言葉。
それは泣きたいくらいに優しい声をしていた。

ぱしゃん・・・

水飛沫が足を濡らす。


―――冷たい・・・ってばよ・・・にいちゃん・・・・


ぽつりと零れた言葉が波の音に混じる。
側にいない。
それが悲しくて寂しいんじゃない。
ずっとずっと一緒だと信じていたあの人が。
姿を消した理由が自分にあることがただ悲しい・・・。

何がなくても良かった。
ただ側にいてくれさえすれば。
それだけで良かったのに。

そうすれば。
オレはどんなことが起こっても耐えられた。


だけど。


あの人は姿を消した。



ただただオレだけのために・・・。



「イタチ・・・兄ちゃん・・・」



想えば泣きたいぐらいに切なくて。
浮かびそうになった涙に、慌てて目をこする。
波打ち際にしゃがんだオレの足を、何度も何度も波が洗う。


―――ナルト・・・


不意に、声が聞こえたような気がした。
囁くように。
小さく静かな、あの人の声で。


空耳・・・だと思う。
気のせいだって分かっていたけれど。


それでも。
この想いが届いたような気がして。
たったそれだけのことがとても嬉しかった。


光に反射して波がきらきらと輝きを放つ。
その波の、海の向こう。
あのどこまでも続く青い空の下のどこかで。


きっとあの人は生きている。
いつか・・・会える日がくると。


信じることができた異国の海辺。





「イタチ兄ちゃん、今度は一緒に見ようね・・・」





そっと呟いた願いは、いつかきっと・・・。










END




またもやイタナルです。
小さな頃の二人と、離れていてもイタチを想うナルトが書きたかったのです、はい。
イタナルを私が好きな理由の一つに、離れていてもお互いに想いあう・・・ということがあるので、私が書くイタナルはこんなお話が多いですね。
きっとこれからも根底は変わらないような気がします。
そんなイタナル話ですが、呆れずお付き合いくだされば幸いです・・・。


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