おかあさん、おかあさん・・・

ねぇ、どこにいるの?










昔日










冷たさを含んだ風が森を、山を吹き抜け。
枝に残る葉よりも、地に落ちた葉の方が多い・・・そんな秋も深まった季節。

森の中に敷き詰められた落ち葉が、風に煽られ、かさかさと微かな音を立てた。
にぎやかだった実りの秋はとうに過ぎ去り、哀愁さえ感じさせる。

そんな森に、小さな人影が一つ。
ふわふわの金の髪、晴れた空のような青い瞳を持った、年の頃は3、4歳の子ども。
何かを探すように・・・一人、歩いていた。
冷えるのだろうか、小さな手を口元にあてては、息を吐く。

木々の間を透かし見、藪の中を覗き込む。
そうやって何時間も何時間も・・・子どもは森の中を歩き続けていた。

「・・・っ!」

踏みつけた瞬間、乾いた音をたて折れた枯れ枝が小さな足を切り裂いた。
痛さで思わずうめいた子どもは、そっと傷口を見る。
切れた部分から流れ出た血に、子どもの顔が泣きそうに歪んだ。
だが、歪んだだけで泣きはしない。
小さな手でたどたどしく持っていた布を巻く。

不恰好だけれど、巻かれた布を見つめ、子どもは立ち上がった。
そして、また歩き出す。

と、その時。
木々の間を影が横切った。

ぱっと顔を喜色に染めた子どもが走り出す。
その先にいたのは、一匹の狐だった。
しかし、いきなりやってきた子どもに驚いたのか、身を翻し、森の奥へと走り去って行ってしまう。

「待って・・・!オレだってば、ナルトだってば!!」

必死で叫んだ声も空しく、狐はあっという間に姿を消した。

「・・・なんで・・・逃げるってばよ・・・」

がっかりした表情を浮かべ、ナルトは俯いた。

「おかあさん・・・かもしれないのに」

小さく呟いた言葉に、数日前に聞いた言葉を思い出す。


―――お前の母親は狐さ


それは心ない大人の一言。
嘲るような響きでもって放たれた言葉を、しかし幼いナルトは信じた。
皆にはいる、ハハオヤという存在が、何故自分にはいないのか・・・
狐だから側にいない、いられない。
きっと森にいて、自分が来るのを待っているんだ!
そう信じてしまった。



「そうだ!こんな姿してるから気がつかないんだってばよ!」



少し考え、突然呪文を唱え出す。
それは幼い口が紡ぐたどたどしいものでしかなかったけれど。
次の瞬間。
ぽん!というかわいいらしい音とともに、その場に一匹の子狐が現れた。

金色とも見える輝きを放つ毛並みに、ふさふさの尻尾。
大きな耳をぴょこんと立てた小さな生き物。

どこからどう見ても生まれて少しの、やんちゃ盛りの子狐。

「へへ・・・どうだってばよ!」

見よう見真似の呪文。
思った以上の出来に、ナルトは満足げに目を細めた。
そんな仕種さえ愛らしい。

試しに後ろ足で跳ねてみる。
ほてっと地に足が着く感触が楽しくて。
なんだか嬉しくなった。
調子に乗って走り出そうとし、しかし覚えた痛みに思わずこける。
見遣れば、先ほどケガをした部分に血が滲んでいる。
跳ねた時に、少々勢いをつけすぎたようだ。
せっかく巻いた布も緩んでとれてしまった。
その存在を誇示するかのように、ズキズキと痛み出した傷にナルトはへたりとその場にしゃがみ込んでしまった。
初めて成功した術に浮かれていた気持ちが急激に萎む。

「こんなんじゃぁ・・・いつまでたっても見つけられないってば・・・」

しょぼんと頭を垂れた、ナルトは。
自分のことに精一杯で。
だから、気がつかなかった。



背後で、カサリと小さな音がしたことに。










「どうしたんだ、こんな所で」

突然の声に、びくりと身を震わせたナルトが振り向くよりも先に、目の前に一人の少年が現れた。

それは、口元を布で覆い隠した、奇妙な格好の少年。
年は・・・せいぜい16、7歳といったところだろう。
風に靡く銀の髪が印象的だった。

不意に抱えられて、ナルトは驚きよりも恐怖で慌てた。



ばたばたと前足を動かし、必死に逃れようとする。
その時、小さく少年が呟いた。

「ケガを・・・しているのか?」

じっと後ろ足を見つめる。
その視線が優しくて。
何よりも自分に投げかけられた言葉が優しくて。
思わずナルトは見上げていた。
視線に気付いた少年が笑う。

「大丈夫だ、怖いことなんてないから」

今まで誰にも見せてもらったことのない、優しさを含んだ笑顔。
自然と身体の力が抜ける。
それを感じ取ったのか、少年がぽふんと頭に手を乗せた。
優しく優しく頭を撫ぜる。


その、触れた手の平は・・・今までの誰よりも。

とてもとてもあたたかかった。


少年が傷に包帯を手早く巻いている間、ナルトはじっと少年の顔を見つめていた。
まだ青年とは言い切れない、少年の幼さを残した顔。
血の色のような片目が印象的で、綺麗だった。

「さあ、これで大丈夫だ」

にっこり微笑んだ少年が、良かったな、とでも言うように頭を撫ぜる。
嬉しくて。
こんなに人に優しくされたことなんかなかったから。
嬉しくて嬉しくて。
だけど、同時に悲しくなった。


―――コノヒトハ・・・オレノコトキツネダトオモッテルカラ

―――キット、オレダッテワカッタラコンナコトシテクレナイッテバ


ぎゅっと・・・胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
いつだって、どんなことをしたって。
自分を見る目は変わらない。
今までずっとそうだった。
もしも。
もしもこの人がオレだって知ってしまったら・・・?

きっとこんなことしてくれない。

振り仰いだ先。
自分を見つめる優しい眼差しが、逆に辛かった。
そしてそうしか思えない自分が悲しくて。
痛くて。
寂しくて。
抱きかかえる腕からもがくように飛び出した。

「あ・・・!おい!」

突然の行動に、驚いた少年が声を上げる。
その声に、ぴくん・・・と身体が震えたけれど。
ナルトはそのまま・・・後ろも見ずに走り出した。

だって怖かった。
オレだって・・・ナルトだって分かったその時に。
浮かぶ冷たい眼差しがどうしようもなく怖かったから。

「・・・っ、いたい・・・ってばよ・・・っ」

落ち葉を跳ね上げ走りながら、ズキリと痛んだ傷の痛みにうめく。
だけど、その痛みよりもずっとずっと心が痛くて。
涙が零れそうになる。

「っ!?」

堪えて、でもぼやけた視界の中。
木の根につまづき、ナルトは勢い良く前のみりに倒れ込んだ。
切るような痛みに、膝を抱える。

流れ出た血の色が、やけに鮮やかに感じられた。

無性に悲しくて、無性に寂しくて。
涙が零れないように、見上げた空が茜色に染まり始める。


帰りたい場所も。
帰れる場所もなくて。


一人膝を抱える自分・・・。

「おかあ・・・さん・・・」





おかあさん、おかあさん・・・

ねぇ、どこにいるの?

一人じゃ寂しいってば

一人じゃ寂しいんだってば

オレを・・・一人にしないで


おかあさん・・・!!


声にならない悲鳴が森に響く。
冷たい風の中、その叫びに応えるものなどなくて。


ただ枯葉が数枚、風に舞い上げられただけだった。










振り返れば。
茜色から金色に輝き始めた西の空が、木々の間に透けて光を通す。
森から足を踏み出したカカシは、踏みしめた枯れ葉に、目を落した。

明日からまた任務で里を空ける。
久々に訪れた、この森で。
自分は何を知りたかったのだろう・・・。

先生の死んでしまった、この場所で。
自分は何をしたかったのだろう・・・。

自嘲気味に浮かべた笑いの中、ふと思う。
脳裏に浮かんだ小さな生き物。


あの子狐はどうしただろうか・・・


柔らかくてあたたかな、その生命に。
からからに乾いた心が少しだけ。


・・・少しだけ癒されたような気がした・・・。










END




≫≫≫リク内容
子供カカシと狐ナルト


10000hitリク小説です。
リクを頂いてから約一年・・・ようやくようやくUPできました!(>_<)
あまりの遅さにもうほんと、申し訳ない気持ちでいっぱいです(涙)
本当に申し訳ありませんでした、未来さん(謝)
内容もかなり微妙で意図されたものとは違うかもしれません。
そんなつたなさ爆発のお話ですが、少しでも・・・楽しんで頂けたら幸いです。


→戻