トライアングル・センセーショナル act.1 ドアを開けた瞬間、頭が真っ白になった。 オレが通う藤枝学園高等部の保健医はものすごい美人という評判がある。 赴任してきて一ヶ月。 告白して玉砕した奴らはその間に三十人以上にも昇るらしい。 簡単に言うと毎日一人は告白している計算になる。 まぁそんなことはどうでもいい。 病人が前任者に比べ増大したこともオレには関係無い。 なんせオレは健康優良児。 保健室のお世話になったことはなく、学園のどこにあるのかさえ今まで知らなかったぐらいだ。 そう体育時間の組み立て体操で、高さ約三メートル弱の人間ピラミッドから落下するまでは。 身体のあちこちを擦りむき出血大サービスのうえ、落下時の衝撃で右腕を打撲したらしい。 そんなこんなで、入学以来初めての保健室行き・・・となったのだが、付き添いの名乗りを上げる馬鹿どもがあまりにも鬱陶しかったので、そいつらを振りきって一人学園内をさまよい、やっと見つけた保健室には、けれどもオレの想像を超えるものがあった。 目の前に広がるのは、映画にでも出てきそうな濃厚なキスシーン。 一人は見たことのある顔だ。 隣のクラスの高谷信―――今年のミス藤枝。 ここで言っとくがうちは男子校だ。 男子校のミス・・・と言えばだいたい想像がつくだろう。 とにかく愛らしい、目がぱちくりの女顔の奴だ。 オレは苦手だけど一部の生徒の間では熱狂的な支持を得ている、アホらしいほどに。 そしてそいつと熱烈キスをかましているのが着ている白衣から推察するに、噂の保健医だろう。 しかしちょっと待ってくれ? オレの目の錯覚でなければ、かの保健医は男にしか見えないんだが? 男が男にキス?男が男に告白してたのか?今まで。 美人さんと聞いていたから、てっきりオレは美人なお姉さんを想像していたのに。 どっちかというと美形という言葉の方がしっくりくる顔立ちだと思うが・・・。 しかもオレの目の前ではオレにとっては理解しがたい光景が繰り広げられているし。 一体オレに・・・どうしろと? 「・・・あ!」 入り口で硬直するオレに高谷が気付き、顔を真っ赤にして睨み、すごい勢いでオレを突き飛ばし走り去っていった。 結構足速いんだな、小さいくせに。 でもオレ一応怪我人なんだけど・・・突き飛ばされると痛いぞ、ものすごく。 「大丈夫か?」 痛みでうずくまったオレに保健医が声をかける。 心地良い低い声・・・っていうか何かかっこいい声だな、男だっていうのはこれで確定したけれど・・・なんて怪我の部分を押さえながら、つらつら痛みを紛らわせるために考えていたら、急に身体が宙に浮いた。 「な・・・ッ!」 オレが驚いて顔を上げると、目の前に超絶美形の顔があってさらに驚いた。 一人パニクるオレをくすりと笑い、美形保健医はベッドまでオレを抱えて行き、端に下ろす。 「名前は?」 「へ?」 間抜けにも聞き返してしまったオレ。 「後で名簿に記入しなくてはいけないんだが・・・」 いまだ混乱状態のオレは羞恥に顔が真っ赤になった。 「狩野涼」 ぶっきらぼうに答え、オレはぷいっと横を向いた。 とにかく恥ずかしかったのだ。 それにあまりに美形すぎてまともに見れなかったってこともある。 だから擦り傷に脱脂綿で薬をべちゃりとつけられるまで気がつかなかった。 「っ・・・!」 傷口に薬がしみて不覚にも涙がぽろりと零れ落ちる。 「しみるみたいだな」 「当たり前だ!」 当然のことを聞く保健医に腹が立って、睨み付けた。 途端、視界に、それもオレの鼻先に保健医の超絶美麗な顔があってびびった。 「・・・だな」 「は?」 「いや何でもない。擦り傷の方はこれでOKだ。腕の具合を診るから上着を脱いで」 「???」 小さく呟かれた言葉はうまく聞き取れなくて、?感は残ったけれど、言われた通りにジャージの上を脱ぐ。 汗をかく体育のため下には何も着ておらず、上半身が裸になった。 突然外気に触れた肌がひっそりと鳥肌をたてる。 「・・・打撲か。湿布を張っておけば一,二週間で治るな。ちょっと待っていろ」 腕を診た後、湿布を取りに戸棚の方へ行く。 その背の高い後姿を見ながら、オレは突如この保健医の名前を思い出した。 佐伯薫。 確か着任の挨拶で、そう理事長に紹介されていたはずだ。 もっともその時は、あまりの眠さにまともに起きてなんかいられなかったため、うつらうつらしていたオレの耳にたまたま飛び込んできた名前以外何も覚えていなかった。 しかも今の今まで忘れていたんだから、覚えていた・・・というのは正しくないかもしれない。 ・・・などと、とりとめもないことを考えながら、とりあえずすることもないので薬棚から湿布を取り出す佐伯の横顔を眺めていた。 線の細い綺麗な・・・っていうか、そんな言葉じゃなくて、ええと優美な(うん、これが正しい。オレって実は文学的才能あるかも)顔立ち。 特に印象的なのは瞳だと思う。 何て言うか一度見たら忘れられないような、吸い込まれてしまいそうな瞳。 ぼーっと見とれていたオレは、だからことが起こるまで気がつかなかった。 「!」 いきなりベッドに押し倒されたのだ、いつのまにか側にやって来た佐伯に。 怪我の痛みに眉をひそめたオレは抗議の声を上げようとした。 しかし口が言葉を紡ぐ前に、柔らかな唇に塞がれてしまった。 「・・・っふ」 さっき目にしたような濃厚なキス。 キス未経験のオレは、貪るようにオレの舌を絡めとり、吸い上げるキスに息がつけない。 送り込まれる大量の唾液を嚥下するだけで精一杯だった。 「・・・何・・・するんだよっ!」 上に圧し掛かる体を押しのけようと両手で胸を押そうとする……が、反対に手を掴まれベッドに押さえつけられた。 見た感じ細身に思える体は意外とがっしりとしていてオレには動かすことが出来ない。 オレのささやかな抵抗にいったんは離れた唇だが、また深く重なり、そして囁いた。 「君に会うためだけにオレはここに来たんだ」 「何言って・・・っん!」 意味が分からず反論しようとした言葉を封じるように、もう一度強く舌を吸われた。 「涼・・・会いたかった・・・」 やるせない溜め息とともに囁かれたその言葉に、オレは戸惑った。 会いたかった?オレに会うため?何のことだか全然分からん! しかしとにかく今分かることは一つだけある。 オレの貞操の危機だ! 何とかしなければと、必死で、逃げ出そうともがいた。 「っ・・・!」 途端、打撲している右腕がじくじく痛んだ。 ベッドに押さえつけられた状態でもがいたせいで変な風にあたってしまったようだ。 「い、痛い・・・!」 痛みのあまり思わず、じわりと涙が浮かぶ。 するとはっとしたかのように佐伯の体が離れた。 何か言おうとした佐伯を振り切り、オレはその隙に保健室を飛び出した。 ずいぶんと走って教室近くになってから、オレは壁にもたれ、急に酸素を送り出すことになりどくんどくんと言う心臓を落ち着けようとした。 「・・・、・・・、・・・、・・・」 なかなか落ち着かない。 反対にますます変になっていくようだ。 オレの心臓は壊れてしまったのだろうか・・・。 そして気付く。 「・・・手当てしてもらってない、打撲の」 しかしだからと言ってもう一度保健室に戻る勇気はなかった。 もう一度あんな目に遭ったら、何かが変りそうで、元には戻れなさそうで怖かった。 「・・・しまったな」 勢い良く開け放たれたままの保健室のドアを見つめ、佐伯はひとり呟いた。 「あんな顔するから・・・つい・・・」 額にかかる長めの髪をかきあげ自嘲気味に自分に言い訳をし、床に落ちている湿布を拾う。 痛そうに眉を潜めた涼の姿を思い出し、胸が痛んだ。 「先に手当てしてやれば良かったな……」 そのままでは痛いだろうに。 頭の中は彼のことで占められている。 ずっと思い描いていた彼が、思い焦がれていた彼が目の前に実体を持って現れたせいで頭が真っ白になってしまったらしい。 「あいつに怒られるな。何やってるんだと」 大切なものに触れるかのように唇にそっと手をあてる。 彼の・・・狩野涼の唇は、とても甘かった。 END コメントは控えさせて頂きたいほど、恥ずかしい話であります。 と言うよりも、言い訳を始めたらきっととまらないのでコメントができない・・・と言ったところが本音でしょうか(苦笑) これを書き出したのはかなり前のことです。 そう、あれは数年前、恥という言葉も知らなかった幼い頃のことですか(ウソつけ) たまたま急になんだか書きたくなって・・・ってどうでもいいですよね、そんなこと(溜め息) この続きを読みたい方がいらっしゃるかどうかは分かりませんが、とりあえずこっそりひそひそ更新を続けていく予定です。 この話に関するお叱りは・・・優しくお願い致しますm(__)m →戻 |