トライアングル・センセーショナル



act.2





「……、涼……、涼ってば!」
「!」

耳元で大きな声で名前を呼ばれ目が覚めた。

「なあ涼、俺何回も呼んでるんだぜ?いい加減起きろよ。授業終わったんだってば」

机の上にうつ伏せにしていた顔を上げ、机の前に立つ男子生徒を見上げる。
そいつは自分で手を加えたらしい改造学ランを着て、短く刈った髪をつんつんにたてていた。

「……何だ智博か」

よく一緒につるむ相手に興味なさそうに応じる。

「何だはねぇだろう、何だは!まあいいけどさ。それより今日俺につきあってくれねぇ?俺今日事情があって家に帰れねぇんだわ」
「何それ?何か家であったのか?」
「いや……ちょっと……な」

何となく気になり問いかけたが、智博……隠岐智博は言葉を濁した。
言いたくなさそうなその様子にそれ以上触れるのはやめにする。
誰しも言いたくない家庭の事情というものを持っているのだ。
一応俺の家にもあることだし……深くは追求すまい。
言いたければ向こうから言い出すだろう。

「それで智博はどこに行きたいんだ?」

話題を変えた俺に智博がにやっと笑ってとんでもないことを言った。

「保健室」
「!」

蘇る濃厚なキスの感触。圧し掛かられた重さ。
忘れようにも忘れられないあのことが突然リアルに思い出されて俺はあせりまくった。

「なななな何でそんなとこに……!」
「どうしたんだ涼?」

今まで黙って横で智博との会話を聞いていた中学時代からの親友である桧垣連が、俺の顔を覗き込んだ。
自分と違い成績優秀、品行方正な学級委員長の真剣な眼差しに、すっきりとしたフレームの眼鏡越しに見つめられ、さっき思い浮かんだことにいたたまれなくなる。

「な、何でもないよ」
「熱でもあるのか?」
「涼の場合は知恵熱だろ?」
「うるさい!」
「ってぇー……!」

ちゃかす智博の脛を思いっきり蹴飛ばす。
机の側でのた打ち回る智博を横目で睨んでいる俺に、連が笑いながら言った。

「その様子なら熱ではなさそうだな」
「俺が熱を出したのは、5歳の時が最後だ。健康優良児な俺様だもんね」
「馬鹿は病気にならないって言うしなー?」
「それを言うなら、馬鹿は風邪ひかないだろうが!」

復活した智博に再度蹴りを入れようとしたが、警戒した智博は素早く飛びのいた。

「で?なんで智博は保健室に行きたいのさ」

殴りかかろうとしていた俺を押しとどめながら、連が話を元に戻そうとした。

「あ、それね。実は俺まだ噂の保健医の顔を見てないんだわ。で、そこまですごいっていうなら見てみたいなぁと思ってさ」

手をひらひらさせながら智博が言う。
そういえば、佐伯―――佐伯で十分だ!先生の資格なんてない―――が着任の挨拶をした全校集会をさぼったな、智博の奴……。

「どうせ今日は家に早く帰れねぇんだし、ヒマだからこの際、と思ったんだけど」
「じゃあ何で俺まで誘うんだよ」
行きたくないんだよ、俺は。

だけど、俺の質問に答えたのは智博じゃなかった。

「涼は行った方がいいと思うけどな」
「連?」
「手当……してないじゃないか」
「それも兼ねてだったんだけどさ」

俺の右手を二人が見る。

「知ってたのか?」

二人が頷く。

「見れば分かるよ。なあ、智博?」
「そうそう」

結局、俺は保健室に連れて行かれてしまった。
あいつに会いたくなんてないのに!

持つべきものは、察しの悪い友なのかもしれない・・・。










END



涼の友人二人の登場です。
個人的に、連が気に入っていたりするんですが、今後この二人がどう関わってくるのか・・・それはまた、そのうちに。


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