何もない毎日が一番だ、と口にするのは。 本当は逃げてるから・・・・・・君のいない日々に、縋って...... 願い事、ひとつだけ〜氷の上に立つように〜 はあ・・・・・・。 ため息を、つく。 本当に、ここは、ダメだと思う。 そうしてまた、再度ため息をついた。 ここはデュラン湖に建つ同盟軍の城。 どうやら自分のときといい、今回といい、この手の人間が集うには湖に関わるという決まりでもあるのか。 ・・・・・・まあ、確かに。周りが開けているわけだから、警戒はしやすいが。水も補給しやすいし。でも、水中からの敵は察知しにくい。・・・・・・それにちょっと趣味が悪いと思う。だってここは元々・・・・・・いや、それはともかく。 ─────なんだかな、と思う。 本当に、ダメだ。ここは、懐かしいものが多すぎる。 三年かかって。ようやく押し込めたものが騒ぎ出しそうになる。 もっとも、そんな風に感じるのは。 自分が心の奥底でそう願っているからだと知っているけれど。 ─────フリック・・・・・・。 吐息だけで彼の名をつむぐ。 『─────じゃないか?!』 懐かしそうに声をかけてきた彼。 『お前をリーダーだなんて認めない!』 あのときの言葉は代わらず自分の中にあるのに。 もう、彼は。 自分を恨んではいないのだろうか。 そんな気持ちはかけらもないのだろうか。 彼女の魂はいまだ自分の右手に存在するというのに。 あんなに彼女を大切に思っていたのに。忘れてしまったのだろうか。 ヒトは、忘れゆく生き物だから。 そうしていつか自分のことも忘れるのだろうか。 自分もまた、忘れるのだろうか。ヒトならぬ身となった自分も。 けれど、忘れられてしまうくらいなら。憎んでいて欲しかったのに。 ・・・・・・だって、どこをどう間違ったって。愛されることなどありえないのだから。 そんなことは到底考えられない。 それならせめて。最後まで覚えていて欲しかった。たとえそれがどんなに長くともせいぜい五十年程度で、これから悠久の時を過ごさねばならない自分にとっては瞬きの間のような時間でしかないのだとしても。 「テッド・・・・・・」 ああ、あの親友もまた。同じ思いを抱えていたのだろうか。 最初はなかなか笑ってはくれなかった親友。 普通に笑い合えるようになるまでにどれくらいかかっただろう。 自分も、あの父の息子としてしか自分を見ないものばかりでうんざりしていたから、到底早いとは言えなかったけれど。 それでもテッドは。 やがて親友となり、そして自分のもっとも大切なものを託してくれた。 包帯に包まれたままの右手を撫でる。 「ソウルイーター」 魂喰いの紋章。そして親友の形見。 だから。バカだと言われようが。 決してこの呪いを誰かに渡すつもりはない。 それはつまり。永遠に彼とは生きる世界が違ってしまったということ。 わかっている。わかっているのに。─────どうして。 三年ぶりに会った彼は。以前とは少し違っていて。 対して自分は何も変わらず。 それこそがお互いの違いを如実に示しているのに。 そして。この戦いでもその中心に身をおく彼は。かつて自分がいた場所に戴く彼の新たなリーダーがいて。 その相手と彼とは。自分とははるかに友好的で。 聞いた話によれば彼は案外あっさりと助力を申し出たという。少なくとも彼らの間に確執などない。 そんなところも自分のときとは違う。 まだ知り合ってまもなく、自分もよく知るわけではないけれど。 確かにあの子はとてもいい子だ。彼が助けたくなる気持ちもわかる。 自分も。もしあのまま帝国にいれたならば、あんなふうに笑えていただろうか。 けれどそれならば、彼と出会うことは出来なかったのだろうけれど。 ああ、いっそ。捨て置いてくれればよかったのに。もう必要などない自分など。 ・・・・・・そうもできないか。自分はそんな呼び名を認めたことは一度もないけれど、『トランの英雄』である自分があの子に味方するとなればそれだけでも、それがたとえ噂だけでも十分な価値がある。 ソウルイーターのデメリットを考えるならば自分を数日滞在させればいい。それだけで、自分が向こう側へ・・・・・・ハイランドの方へ行かなければ十分に宣伝となりうる。 「いやだな、もう・・・・・・」 きっとあの子ならば。こんな穿った見方はしようともできないのだろう。 だから彼はあの子に手を貸し、そしてあの子の隣で笑うのだ。 そして。それに文句を言う権利など。自分には決してありはしないのだ。 「る、しいよ・・・・・・っ」 かなうなどと。思ったことはないけれど。それでも。 「ごめんなさ・・・・・・っ」 ─────ねえ。出会いそのものが間違いだったの? 嗚咽が、こぼれ出る。窓枠に片手を置き、顔を隠すようにしてしゃがみこむ。 許されるとも、思わないけれど。 この手の汚れが消える日など決して来ないと知っているけれど。 コレは嫉妬だ。的外れな嫉妬だ。 悪いのは彼じゃない。恨みを買うのはあの子じゃない。すべての責任は、ここまで生きてきた間のさまざまな選択はすべて自分自身の意思に寄るもの。誰のせいでもない、自分のせいだ。 彼のせいでも、あの子のせいでもない。 そして。この紋章を託した親友のせいでもない。 わかっているけれど。 どうして自分は失うばかりなのだろうと。そんなことを思う。 再会など、しなければよかった。それならいっそあの城で死んでしまったかもしれないと自分を責め続けていればよかった。そのほうがずっとよかった。 ─────誰かの隣で笑う、彼を見るくらいなら。 どうか生きていて、いつか自分の隣でなくてもいいから笑って。 そう、願っていたはずなのに。 それは『いつか』、『自分が知らないところで』の話でいて欲しかったのだ。 なんて、傲慢で身勝手な願い。本当に、どうしようも、ない。 「ソウルイーター・・・・・・」 聞こえた声に思わず隠れた。 それは、実に三年ぶりに再会した彼の声。。 彼は紋章の影響で三年前とまったく姿は変わらなかった。 けれど。決定的に違ったのは瞳。 あのころは、何より強い瞳をしていたのに今はただ静かで、深い悲しみをたたえていた。 月だ、と思った。 月のように静かで穏やかで。ひんやりとしていた。 「いやだな、もう・・・・・・」 自嘲するような笑み。 そんな笑みなどかつては一度も見ることはなかったのに。 ─────これが、罪か。 一人の人間を、ここまで変えてしまった。 愛された子供らしく、きれいに笑う子供だった彼からあの笑みを奪った。 「る、しいよ・・・・・・っ」 こちらが痛くなるような声音。 「ごめんなさ・・・・・・っ」 何を謝る?そんな必要など、どこにもない。 罪があるとすればそれは彼一人ではなく自分たちに同等に降りかかるものなのに。 ─────なにが、身代わりじゃない、だ。 かつてここの盟主に言った言葉を思い出す。 結局自分は彼によく似たあの子に、彼を見て贖罪をしたつもりになっていただけだ。 肝心の彼に手を差し伸べられないで、慰めの言葉一つかけられないで。 ─────一人で泣かせて。 抱きしめたい、と思った。抱きしめて、盟主に言ったように泣いていいのだと言ってやりたい。 否。泣くなら俺の胸で泣け、と。そう言いたい。 けれど同時に気づいた。だから、動けなかった。 かつて、これと同じ感情をある人間に感じたことがある。 それが誰だかを知っている。 この思いがなんであるかを、知っている。 だから、動けなかった。 この想いが、彼のためになんになろう。 彼と自分の生きる時間は違うのに。 ましてやかつてあれほど彼に嫌悪を示した人間のそれなど、どうして信じられるだろう。 この思いは先のない思いだ。 こんなものは、閉じ込めてしまわなければいけない。 彼を苦しめ、困らせるだけしかできないものなど。 だから、今は。何より今こそ彼を抱きしめるときだと知っているけれど。 まだこれを抑えきれない自分には、抱きしめることなど出来ない。 彼を再び傷つけることだけはしてはならないと思うから─────。 だから今は。彼に背を向ける。 互いの思いを知れば救われるのか、それとも結局その先にも破滅しかないのか。 お互いを思ってすれ違うしかない、二人を。 ただ、欠けた月だけが見ていた。 あのころの、ままでいたいから どうか、恋をしたって気づかないで─────・・・・・・・。 END
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