≫≫≫バッテリー/豪巧 |
―――大きくなれば、月に手が届くと本気で信じていた。 マウンドに立つすらりとした姿が地面から立ち昇る熱気で揺らぐ。 したたり落ちるように額から頬へと伝う汗に構わず、豪は目を細めた。 グローブをつけた左手を後ろに、巧がじっと自分を見据える。 今、この瞬間。 巧が見ているものは自分だけ。 他の誰でもない自分のミットだけを、ただひたすらに真っ直ぐ見ている。 誰の存在も自分と巧との邪魔はできない。 しかし。 手を伸ばせば届く距離にいるはずなのに、その存在は遠い。 そんな気がして、ふと泣きたくなった。 「プレイボール!」 審判の声に、巧が豪の指示を待つ。 胸に巣食う不安に蓋をして、豪はミットを叩いた。 ど真ん中だ、巧。 応えるように、巧が頷いた。 構える。地面を蹴り、勢いよく足が上がる。投げた。 ずしんっ・・・ときた衝撃に身体中で踏ん張る。 「ストライク!」 静まり返った球場に、審判の声が響く。 投げ返した球を、ぱしりと巧が受け止め、小さく笑った。 見たのはきっと自分だけだろう。 それほど密やかな笑みだった。 豪、お前はどこまで受け止められる? 本気のオレを。なぁ、豪? そんな声が聞こえた気がした。 不安も何もかも全部、見通すような笑みに豪もマスクの中、小さく笑う。 言ってろ。どこまでなんて。 オレは、いつでもいつだって、お前の球を受けてみせる! 照り付ける太陽の下。 小さく巧が頷いたような気がした。 月には手が届かない。 それは必然で。現実で。 どんなに頑張ってもどうしようもないことだ。 それでも。 この、一球、一球に。 巧、お前を感じられるのなら。 オレは、オレはそれだけで・・・いいんじゃ。 |