花咲ける日々



[ act.2 ]





 そう言えばまだ幼い頃。
 あり得ないと御伽噺に笑ったことがある。





 なんとも言えない沈黙が落ちる。
 一秒・・・二秒・・・三秒・・・。

「願い事は何だ?」

 驚いたように固まったまま動かないカミューに、再度マイクロトフと名乗る小さな人間が問いかける。その拍子にふわりと真っ青な長衣が揺れた。小さくても造りがしっかりしていそうな服だと、ぼんやり考えたカミューに焦れたようにマイクロトフが言葉を重ねる。

「願い事は何だ?遠慮はいらんぞ?」
「ええと・・・」

 ああそうだ。今日の夕飯は駅前の居酒屋で食べよう。
 うん。ここのところ疲れてたからなぁ・・・まったく、幻覚見るなんてどうかしてる。
 そうだよ。あり得ないあり得ない。こんな小さな人間なんて・・・。

「おい、聞いているのか?」
「わぁ!」

 思考の波へと身を委ねようとしたカミューの前に、突然白い手袋に包まれた手が突き出され思わず悲鳴が出た。その声の大きさに驚いたのか、びくりと身体を震わし固まったマイクロトフと、ウソのような現実に直面したカミューの間に再び沈黙が落ちる。互いに見詰め合うこと数分間。最初にため息を吐いたのはカミューの方だった。

「・・・認める。認めればいいんだろう?目の前には常識では考えれないもの・・・失礼、人がいる。でもだからって私にどうしろって言うんだい」
「何をぶつぶつ言っているのだ?」
「はいはい・・・で、マイクロトフって言ったっけ?何?私に何か用なのか?」
「俺を呼び出したのはお前だ。叶えて欲しい願い事があるのだろう?」

 少しだけ眉を顰めてマイクロトフが首を傾げる。

「そりゃあ、叶えて欲しいことって言ったらあるにはあるけど・・・そもそも何で私が呼び出したってことになるんだ?」

 訳が分からないと肩を竦めたカミューに、ああ、そうかとマイクロトフが頷く。

「うむ。カミューは知らないのだな。実は、さっきお前が打ちこんだ暗号が、俺を、と言うかロックアックスの住人である俺たちを呼び出すパスワードなのだ」
「はい?ロックアックス???」

 聞き慣れない言葉に目が点になる。それに構うことなくマイクロトフは丁寧な説明を続けた。身振り手振りのかわいらしい動作つきである。

「ロックアックスとは、お前たちとは違う次元に存在する魔法世界のことだ。そこの住人である俺たちは、パソコンという機械を通じてお前たちグラスランドの人間に呼び出され、そして呼び出した人間の願いを叶える役割を担っている」

 もちろん無償ではないが。

「え?無償じゃないのか?」

 突っ込みたいところは多々あったが、マイクロトフの言葉にひっかかるものを覚えカミューはマイクロトフを見つめた。その視線を受け、少しだけ困ったようにマイクロトフが頷いた。

「無論だ。俺たちにとって願いを叶えるということは、平たく言えば人間のためと言うよりも、ロックアックスのためなのだ。ロックアックスは夢や希望といった前向きで明るい想いで創られ、維持されている世界だ。世界を創り出し、維持するためにはどうしてもそういった想いの力が必要となる。だから、願いを叶える代償に、ほんの少しだけ人間からそういった想いの力を分けてもらうのだ」

 人間にとって夢や希望は、願いが叶えば叶うほど輝かしい力を増すものだからな。

「ギブアンドテイク・・・って訳か」
「そういうことだ。だから遠慮はいらんぞ。願い事は何だ?」

 促すマイクロトフの眼差しに、カミューは考え込む。自分は都合の良い夢を見ているのではないだろうか。無償でないとは言え、それぐらいのことで願いを叶えてもらうなんてあまりにも都合が良すぎる。本当は、壊れたパソコンの前で疲れきって眠っているのではないだろうか。いや、百歩譲ってこれが現実のことだとしよう。しかし、代償に払うものはそんな可愛らしいものではなく、精気とか生命とか・・・魂なんてものだったりとか・・・。

「カミュー?」
「え?ああ、うん、そうだな・・・」

 どちらにしろ、今の自分は神でも仏でも悪魔でも。縋りつけるものなら縋りつきたいと、心底思っている。多少おいし過ぎて危ない気がする話だろうが、それが本当なら儲けものだ。うん。

「じゃぁ、マイクロトフに・・・お願いしようかな」
「そうか!よし、どんな願いだ?」

 きらきらと顔を輝かせるマイクロトフに見つめられ、カミューの胸が小さな音を立てた。か、かわいいかもしれない。整った端正な顔立ちに輝く小さな子供のように純粋な瞳は、カミューにとってひどく新鮮で、そしてひどく綺麗に思えた。

「あ、でもその前に一つ聞いてもいいかい?」
「うむ。なんだ?」
「願い事って何回まで・・・とか決まっているのか?」

 童話ではだいたいにおいて三回までだったりする。くだらない願い事で無駄に消費してしまわないように、聞いておいた方がいいに決まっている。

「決まっているぞ。一人につき三回までだ。それ以上は世界のバランスのために禁じられている。だから、回数を増やして欲しいといった願い事は聞くことができないので、よろしく頼む」

 やっぱり。そうか、回数制限つきなのか。とりあえず一つは決まっている。このパソコンの修復及びデータの復旧だ。後のことはまた後で考えよう。とにかく、今は目前に迫ったプレゼンテーションの計画書復活が最大の関心事だ。

「じゃぁ、計画書のデータとパソコン復活・・・よろしくお願いするよ。」
「うむ。大船に乗ったつもりでいろ」

 願い事をされたことが余程嬉しかったのか、にっこりと笑顔全開のマイクロトフが持っていた剣を胸の前で構える。カミューの心が浮き立つのを感じた。これはこれで面白いのかもしれない。

「では、いくぞ。・・・マチルダ、マチルメ、マチルダット!」

 へんてこな呪文とともに、辺りに青い光が満ちる。輝く光の中心は、マイクロトフ。そしてそれは一瞬のことだった。広がった光が、また、マイクロトフの持つ剣へと集束するように消える。一拍おいて、マイクロトフが息を吐いた。

「もう大丈夫だ」
「ほ・・・んと?」

 自信満々にカミューを振り仰いでマイクロトフが頷く。恐る恐るパソコンの電源を入れてみると、ヴン・・・という音ともに、緑のランプが点いて起動を始めた。待つこと数分、焦れるようにデータの保存フォルダを開いた。

「良かった・・・元通りだ」
「当然だ」

 カミューのほっとした顔に、マイクロトフも満足げに笑い、さて、と言葉を継いだ。

「あと願い事は二つだな。まだ決めていないようだから、それまでカミューの家に置いてやってくれ。よろしく頼む、カミュー」
「え?あ、うん。こちらこそ、よろしく・・・」

 深々と頭を下げるマイクロトフに、カミューもぎこちなくだが、律儀に頭を下げた。



 こうしてカミューとマイクロトフ二人の奇妙な共同生活が始まったのだった。










to be continued.....


→act.1




時々自分てバカなんじゃないかと思う時があります。ええ、それはもう。
でも楽しいからよしとしましょうか。それもまた人生。


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