≪≪≪ 恋  唄 ≫≫≫



緑の丘、続く平原。
その先に在る、小さな村々。

緑の平原に点在する幾つもの風車が、穏やかな風に身を任せて回る。
高く澄んだ空はどこまでも青く、小鳥の声が響き渡っていた。



柔らかな陽射しに照らされた・・・優しい風景。


世界は・・・平和と安らぎに満ちていた。




[第1話]




「王子〜王子〜っと、どこに行ったんだぁ?王子は」


王宮の外れにある、果樹園の中。

髪を短く切った野性的な風貌の少年が、困りきったように頭をがしがしと掻いた。
年の頃は14、5といったところか。
身長は同じ年頃の者に比べると高く、がっしりとした身体つき。
いつもなら茶目っ気たっぷりに輝く瞳が、今は途方に暮れたように泳いでいた。

「ったく、今日は王子の13歳の誕生日だって〜のに。どぉ〜こぉ〜に雲隠れしたんでしょうかねぇ?」

溜め息とともに視線を地面に下ろす。

やってられない。
そう思う。
毎度毎度どこかに雲隠れする王子さまを探すのは、王子が5歳の時から従者である彼の仕事だった。

別に王子がキライなわけではない。
むしろ好きだ。
そして、自分の剣を預けることができる唯一の人だとも思っている。
だが、その生涯を捧げてもいい、そう思うことと、これは別問題だと思うのだ。


「これさえなければ・・・いや、あそこもない方がいいな、うん。ああ、あそこも・・・」


ぶつぶつと呟きながら歩く少年は、ふと何か違和感を感じて立ち止まった。


ゆらゆらと揺れる木の葉の影。
王宮で一番古く、一番大きな木の枝葉の影の間に。
少年はあるものを見つけた。


ばっと顔を上げ、優しい風に吹かれ、揺れる葉っぱの間に目を凝らす。
・・・と。
そこに、目的のものを見つけた。


「お〜う〜じ〜っ!!聞こえますか?王子!!」

張り上げた声に、葉の間の影が身じろぎする。
「ん・・・」

まだ寝ぼけていそうな、声。
先ほどの呼びかけでは、覚醒という段階までいかなかったらしい。


「ああもう、王子ってば!」
起きてくださいよ〜


情けなさそうな声に、ようやく目が覚めたのか。
影が枝の上で伸びをした。
そのまま、枝の上から下を見下ろす形で覗き込んだ。
そして一言。


「なんだ桃か・・・なんか用?」

あまりにもあまりなその言葉に、桃と呼ばれた少年、正確には桃城は憤慨した。

「なんか用ってそりゃないでしょう、王子!今日は王子の誕生日!色んな準備があるから、雲隠れしないでくださいと、あれほど言ったのに!!」

「えーと・・・そうだっけ?ごめん、ごめん」

・・・忘れてたな。

反省の感じられないその態度に、はぁ〜と脱力した桃城を面白そうに眺め、王子と呼ばれた少年がうっすらと笑みを浮かべる。
そして何気ない動作で、ひょいっと身軽にも3メートルはあろうかという高さから飛び降りた。
逆光でよく見えなかった、少年の姿が日の光の下に晒される。


―――東方の小国「エチゼン」の第1王子・・・リョーマ・エチゼン。
少し散切りではあるが、艶やかな黒髪に縁取られた端正な顔立ち。
まだ幼さを残す印象を、すべて覆してしまうような・・・強い意志を秘めた大きな瞳が、呆れたように溜め息をついた桃城を見て、笑っていた。


それはまるで大輪の花のように鮮やかで。
そしてまるで清流のように澄んだ印象を与える笑顔だった。


こんな顔されちゃ怒るに怒れないよなぁ・・・はぁ。


たった笑顔一つで絆される自分に、今日何度目かの溜め息をつく。
この少年は、よくも悪くも鮮烈な印象を、出会う人すべてに与える存在だった。


「桃・・・ほんと、悪かった」
「それはもういいですから、早く儀式の間に行ってください、王子・・・もう大巫女様がお待ちなんですよ?」
「おばばが?・・・分かった」
「そう、おばばが・・・って王子っ!?し、失礼なことを言っちゃぁいけませんよ!あの方は我がエチゼン国の要である聖跡を守る尊いお方なんですから!王子と言えども無礼な態度は厳罰ものですよ!?いや、それ以上にこのことがあの方の耳に入ったら・・・うわわ〜考えるだけでも恐ろしいことに・・・って聞いてるんですか、王子!?」


「・・・ありゃ?」


頭の中で、大巫女の耳にもしこのことが入ったらどうなるか〜という恐ろしい場面を思い描いていた桃城が気づいた時には、すでにその場にリョーマの姿はなく、果樹園の入り口から出て行ったリョーマの青い上着の端だけが見えた。


「あ〜オレってほんと、苦労性だね・・・」


ははは・・・と渇いた笑いを洩らし一瞬がっくりとするが、こんなことは日常茶飯事のこととすぐさま割りきり、桃城は王子の後を追うべく走り出した。










「あ、王子!どこにいらっしゃったんですか〜?」
「桃城様が探しておいででしたよ」
「大巫女様も先程から儀式の間でお待ちでいらっしゃいますのに・・・」
「王子・・・」
「王子・・・!」


王宮を軽やかに進むリョーマに次から次へと掛かる侍女達の、兵達の声。
それに軽く頷きながら、リョーマは儀式の間へと向かった。










エチゼン国は人口1000万人程度のとても小さな国である。
そして国の経済のほとんどを、牧羊、農耕に頼る農業国家だった。
しかし、周りを取り囲む三大大国、宗教国家「テヅカ」、工業国家「アトベ」、商業国家「タチバナ」のどの国よりもその歴史は古く、王家は今現在世界に存在するすべての王家の「始まりの場所」とまでも言われている。
しかし、だからと言ってこの小さな国に敬意が払われているというわけではなかった。
強大な軍事力を持つ大国に囲まれつつも、今なお国として存在することができるのにはそれ相応の理由があったのだ。
「聖跡」・・・それこそがその理由の最たるものである。

「聖跡」とは、エチゼン国の半分を占める、広大な森を指す。
しかし、それはただの森ではない。
人の領域を越えた何らかの力が働く、不可思議の森なのである。
何百年、何千年もの間、人の世界が移ろう中で連綿と命を紡ぎ続けた緑の森。
この森は人に恵みを与える森ではない。
決して触れてはならない不可侵の森である。
禁忌を犯して足を踏み入れたものは、二度と帰ってくることはない。
それは単なる噂でも、流言蜚語でもなく。
純然たる事実なのである。

しかし、この人とは相容れない森・・・「聖跡」がどう他国の侵略を防ぐというのだろうか。
それは、その森が「エチゼン」国王家の直系により封印されていることにあった。
この「エチゼン」国王家による封印により、森はかろうじて静寂を保っているのである。

もしその封印がなければ・・・。
もしその封印を施す「エチゼン」王家が滅んでしまえば・・・。

森はその触手を世界中に広げることになるだろう。
そうなれば・・・世界がどうなるかは誰にも分からない。
何故ならそうなったことなどないのだから。

分かることは唯一つ。
人が住める世界ではなくなるだろう・・・ということだけ。

それはこの世界に生きるものならば、生を受けたものならば、誰もが知っていることである。
幼い頃から寝物語に、説教に聞かされ続けた「世界を飲み込む恐ろしい森」のお話。

恐怖は、心の底に根付いている。

この「恐ろしい森」を封印することができるのは、し続けているのは「エチゼン」国王家に代々伝わる、秘された呪文。
それ故、他国はこの森を有する「エチゼン」に対し、侵略も、占領も行わなかったのだ。

否、行うことが・・・できなかったのだ。










歴史を刻んだ、重厚な雰囲気を纏う大きな鉄の扉。
そこに刻まれる歴史は、遡れば王家の始まりまでもが記されていると言う。
長い歴史を誇る王宮の中でも、特に古い「儀式の間」。
リョーマは、今、その前に立っていた。

「王子・・・ちゃんと失礼がないようにしてくださいよ?」

背後から、心配そうにと言うよりは不安そうにかけられた声に、リョーマは分かっている、と軽く頷いた。分かってるならいいんですが・・・と呟きながら、それでも尚、不安そうに桃城はリョーマの背中を見つめた。

ここから先には、王家の者と、大巫女だけが入ることを許されている。
一介の従者である桃城はこれ以上先にはついていくことができないのだ。

「行って来る」

そう・・・一言を残し、振り返ることなくリョーマは扉を押し開け、中へと進んだ。



それが・・・すべての始まりだった。










END


第2話へ



はい、テニプリパラレル『恋 唄』の第1話でした〜!
ふう〜私ニしては珍しく長かったですね。書くの疲れました(ぷしゅぅ〜)
それから色々と笑える設定ありますが、笑わないでください。突っ込まないでください。
え〜と、今回ほとんど他の人が出ていませんし、不二先輩も出ていませんが。
これは不二リョです。それだけは最初に断言しておきます。
それにしても早い所不二先輩出したいです!と言うか書きたい!
頑張って続き書きますので、よければ続きを見てやってくださいませvv


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