HAPPINESS



act.1



「おもしろいものを手に入れたんだよ」


一通りの取引の後、不意にそう切り出した乾の言葉に、不二商会の社長不二周助は視線を上げた。その先で、乾が小さく笑う。いつになく楽しそうなその表情に、不二は興味を覚えた。

目にかかった茶色の髪を軽く払い、ぱさりと持っていた書類を机に置きながら、前に立つ乾の顔を見上げる。

明るい茶色の髪に縁どられた端正な顔。
そこに浮かぶ普段から絶やされることのない笑みが、今は興味深げに乾を見つめていた。

「へー、で、おもしろいものって何?」
「ん?ああ、いやでもこれは売り物じゃあないんだ」
「君自身のものってこと?」

不二の問いに、頷いた乾の眼鏡がきらりと光った。

「ああ、とても興味深くてね。ここしばらくはそれを研究でもしようかと思ってる」
「また君の悪いクセか」
「はは、まぁ、そう言うな。忙しい日々でのオレの唯一の楽しみなんだから」
「ごめん、ごめん。でもそれ・・・ボクには見せてくれるんだろう?」

机の上で手を組んだ不二が確信的な微笑みでもって、乾を見つめた。
その言葉に、乾が軽く頷く。

「そのつもりだ。研究も成果を見せる相手がいなければ張り合いがないからな」
連れて来い

そう言って、乾は後ろに控えていた黒服の男に合図をする。
頷き、男がドアを開いたそこに同じような黒服の男に支えられた一つの影があった。

「おい、入れ」
「やだね!!」
「いいから入れ!!この・・・」

そんな争う声が聞こえたかと思ったら、勢い良く何かが飛び込んできた。

「手荒に扱うなと言っただろうが!」

黒服の男を叱り付ける乾の言葉が聞こえる。
だが、それすらも聞こえないほど、不二の心は飛び込んできたそれに奪われていた。

黒く艶やかな髪。
そして黒曜石のような黒い瞳。
すんなりと伸びた足としなやかな身体はまるで猫を思わせるようで・・・
それは芸術とまでも言える、一人の少年だった。

しかし何よりも不二を惹きつけたのは、その瞳に浮かぶ意志の強さである。

何者にも屈しない、その瞳。
それに不二は一瞬で心を奪われたのだった。

「不二、悪いな。部下のしつけが行き届いていなくて」
これが例のおもしろいものさ

迷惑そうな表情を浮かべる少年の肩に手を置いて、そう乾が言った時も不二は小年から目が離せなかった。

「・・・二、不二?どうかしたのか?」
「・・・え?」
「珍しいな、お前が人の話を聞いていないなんて」
「ああ・・・ごめん」
「別に気にはしていない」

謝りながらも、どこか上の空のような不二に気付くことなく、乾は満足げに少年の髪に触れながら言葉を続けた。

「どうだ?すごいだろう、これは」
「ちょっと触らないでくれる?」

うっとおしそうに横を向いた少年の動作は、流れるように綺麗な動きで。
それに見惚れていた不二は、次に発せられた乾の言葉に驚いた。

「実はこれ、マリオネットなんだ」
「マリオネット?これが!?」

不二が驚くのも無理はなかった。
マリオネットと言えば、人間の娯楽・快楽のためだけに作り出された機械人形。
それはマスターと登録された者の命令には絶対服従をする、自分の意志など持たない無機物だった。不二自身、何人ものマリオネットを所有しているし、また、それ以上の数のマリオネットを商品として取り扱ったことがあるから分かる。

彼らは、この少年のように生きてはいない。
そう・・・いくら人間のように作られてはいても、自らの意志を持たないマリオネット達。
そこには、どうしても消すことのできない無機物的なイメージが付きまとってしまう。
所詮機械は機械なのだ。

なのに。
この少年の瞳はどうだろう・・・

普通の人間ですら持ち得ないような眼差し。


強く自らの意志を秘めた瞳で、挑戦的に睨みつけてくるマリオネットなんて、不二は今まで見たことも聞いたこともなかった。


それは・・・奇跡のようなマリオネット。


純粋に驚いた不二に気を良くした乾は、得意げに説明を続ける。

このマリオネットにはマスター登録機能がないこと。
そして、自らまるで人間のように話し、動くこと。
自分はこれについて研究をし、マリオネットにも心が在るのか否かを追及したい・・・

そんな説明は不二にとってはどうでも良かった。

ただ・・・挑戦的な眼差しで見つめ返す瞳を。
側で。
近くで。
もっと。

・・・見つめていたかった。

椅子から立ち上がり、少年の側へと歩み寄った不二に、饒舌に説明を続けていた乾が怪訝そうに眉をひそめた。

「どうした、不二?」
「ねぇ・・・キミ。名前は何て言うの?」

乾の問いかけを無視して、不二は少年だけを見つめる。
その不二をきっと睨みつけながら、少年が口を開いた。

「それがあんたになんか関係あんの?」
ていうかあんたダレ?

そっけなく言い切った言葉に、とうとう不二は華やかな笑い声をあげた。

「おい、不二?」

唖然とする乾に、不二は少年の顔を覗き込みながら言った。

「ねぇ、この子くれない?ボクに」
「は?」
「欲しいな、この子。ねぇ、ダメかな?」
「・・・だ、だめだだめだだめだ!言っただろう、不二?これは売り物ではないと!」

不二の言葉に戸惑っていた乾が、意味を理解した途端、慌てたように叫んだ。
その乾を、ちらりと不満そうに見上げて不二が眉をひそめた。

「えー?ダメ?ダメなの、乾?」
やだな〜君とボクの仲じゃないか
「ダメなものはダメだ!!」


ぶんぶんと首を勢い良く振った乾の顔をしばし眺め・・・不二はおもむろに机に戻った。
そして何やら引出しの中をがさがさと探している。
取り残された形の乾と少年が、何をしているんだ?とばかりに見ていたが。
不意に嬉しそうな声があがった。

「あった、あった!確かこれだったよね、うん。ねぇ、乾?」
「・・・なんだ?」

何を出しても渡さんぞ・・・と憮然とした表情で答えた乾に、不二はケースに入った1枚のディスクを渡した。白いケースの中で、虹色に輝く1枚のディスク。
手渡されたそれを、最初は不審そうに見ていた乾が、徐々に驚愕したように呟いた。

「ま・・・まさかこれは・・・!?」
「そう。君の思ってるものだよ。前に欲しい・・・って言ってたよね」

にっこりと微笑んだ不二に、乾が眼鏡を押し上げた。

「G・E・N・I・U・Sか!!」

そうそれは、『青色都市』と呼ばれるここ、ドーム型居住空間のシステム全てを司るホストコンピュータ、『G・E・N・I・U・S』のデータディスクであった。

「しかし・・・これは・・・?」
何故これがお前のところに?

愕然と、だが興味津々といった風に身を乗り出した乾に、少し困ったように不二は微笑んだ。

「企業秘密」

「しかしだなぁ、これは青色都市最重要秘密事項だろう?それがなんで・・・!?」
「やだな〜キミはそれをボクに聞くの?」

興奮したように叫ぶ乾に、不二が静かに瞳を見開いた。
深い青さを湛えた湖のように澄んだ青い瞳が、乾を見つめる。

それは有無を言わせない圧力を備えた瞳だった。

気圧されたように黙り込んだ乾に、不二はにっこり笑った。

「いる?いらない?」

その言葉に乾が低く唸る。

確かにこのデータは咽喉から手が出るほど欲しい。
青色都市ができて100年。
長期に渡るこの都市の繁栄は、この『G・E・N・I・U・S』あってこそ。
これを制したものが青色都市を制する、そう言っても過言でない代物だ。
別に制するとかどうのとか・・・そんなことに興味はない。
ただ純粋にこの膨大な量のデータを管理し、運営するホストコンピュータの能力について研究したいと思っていた。

この『G・E・N・I・U・S』を創りあげたのは、たった一人の天才科学者だった。
そして、今もってその科学者を越える科学者はいないと言われる。
これから先も存在足りえないだろう・・・とも。

それほどの科学者が創りあげたもの。

科学者として生を受けたからには、一度でいいから挑んでみたい研究だった。
それは・・・不世出の科学者と言われた、先人への挑戦である。

しかしこれは、政府によって幾重にも厳重に施されたガードの中にあるもの。
おいそれと手が出せるものではない。
ましてやあんな机の引出しに、ガラクタのように放り込まれていていいはずのものではないのだ。

そんなものが何故・・・?

ちらりと不二に視線を移した乾は、ごくりと咽喉を鳴らした。
微笑む不二が答えを待っている。

この、これから先見ることすら叶わないかもしれない『G・E・N・I・U・S』のデータと。
この、貴重なサンプルと言える、マリオネット。

どちらを取るか・・・



「決まったかな?」



そう言って瞳を開いた不二に、とうとう乾は決意した。



「・・・いいだろう。これで手を打とう」
「良かった!」



心底嬉しそうに破顔した不二に分からないよう、乾は小さく息をついた。
長年の付き合いだが、未だもってオレには分からない奴だよ、まったく。
知らず緊張していたのだろう、手の平に汗が滲んでいた。

そんな乾におかまいなく、不二はいそいそと小年の側にやって来た。
そうしてにっこりと笑う。



「ボクは不二周助。ねぇ、キミの名前は?」










END


→act.2へ





・・・たはv
不二商会ってなんやねん!そう一人で突っ込みました(書いた本人のくせに/笑)

え〜パラレルなのは最初から分かっていたんですが、近未来風味になるとは、実は正直言って、全然、まったく、思ってませんでした(をい)
でも書いていたらそんな感じに(笑)う〜ん・・・何ででしょうか?(書いた以下略)
今回ひたすら不二に力入れてますvvいや〜書いてて楽しい、楽しいvv
こんなに書いていて楽しい人物と言うのもまた、非常に珍しいです(はい?)
しかし、けっこう早くに書きあがってはいたんですが、どうにもこうにもタイトルが決まらずなかなかUPできませんでした。ただでさえ苦手なタイトルつけ・・・悩んだあげくに姉上さまに相談したんですが、相談するだけムダでした(きっぱり)
いえ・・・いくらなんでも『都市伝説』とか『魔界都市』とかはないだろうと思うんですが、皆さんはどう思われますか???(笑)

さて、実はこれプロローグです。
本当ならほんの数行で終わるはずが、何故かこんだけの文になってしまいました(爆)
一番書きたいシーンはまだまだ先です。
ちゃんと続くかどうかは分かりませんが、書けるだけ書きたいと思っていますので、どうか呆れずお付き合いくだされば幸いですvv


→戻