HAPPINESS |
act.2 「ここがボクの家だよ。今日からキミはここで暮らすんだ」 そう言って振り返った不二が指し示した「家」を見て、リョーマは唖然とした。 目の前に存在したのは、高い鉄柵と広大な庭に囲まれた古い洋館。 白一色に統一されたその建物は、「家」と言うより「屋敷」と言った方が正しい感じがして、とても素直には「家」と言えない気がしたのだ。 「ふふ、まぁ、とにかく入って入って!」 背中に回された手に、少し眉をひそめながらも、促がされるままに屋敷の中へと入る。 と、その時。 「おかえりなさいませ」 すぐ右隣から声が聞こえ、リョーマは内心驚いた。 そんなリョーマを見て、くすりと微笑んだ不二が声の主に視線を移す。 「ただいま」 その視線の先にいた人物は、黒いスカートに白いエプロンを身に付けたメイド調の格好をしていた。腰近くまである金の髪が、お辞儀から身体を起こした際に、ふわりと流れる。硝子玉のような群青色の瞳が、不二から、次いでリョーマへと移された。 「ご主人様、そのお方が先ほどお知らせ頂いた方でしょうか?」 「うん、リョーマ君だよ。今日からここで暮らすんだ。それで・・・」 「あのさ?それってもう決定事項なわけ?」 嬉しそうに説明をする不二の言葉を遮って、リョーマは不二を睨みつけるように言った。 それに、少し眼を細めた不二が振り返る。 「え〜と・・・リョーマ君は不満なのかな?」 「ていうか、オレの意思なんて聞いたことあった?」 問答無用で連れて来たくせに そう不満げに呟きそっぽを向いたリョーマに、不意に不二が楽しそうな笑い声をあげた。 「・・・何?」 きっと睨み付けたリョーマの腕を取り、引き寄せる。 リョーマがそれを振り払おうとしたのを軽々と封じて、不二は顔を覗きこんだ。 黒曜石のような深い黒と、透き通るような茶色がぶつかる。 見開かれた不二の瞳に呪縛されたように動けないリョーマの耳に不二が小さく囁いた。 「ボクがそれを望んだから・・・」 悪いけど、今回はキミの意思は無視させてもらうよ 笑っているけれど、有無を言わせないその微笑みに。 リョーマは身体の奥から怒りが込み上げるのを感じた。 だけど、封じられた身体は動くことすらできなくて、ただ、不二をありったけの力を込めて睨みつけることしかできない。 きっと睨みつけるリョーマを見つめたまま不二がふっと柔らかく微笑んだ。 先ほどの有無を言わせない微笑みとは打って変わった優しい微笑み。 え・・・?とリョーマが思う間もなく、不二はメイドを振り返っていた。 「リョーマ君を部屋まで連れて行ってくれる?」 「はい、ご主人様」 「じゃぁ、また後で」 リョーマににっこり微笑んで、不二はその場を去った。 残されたリョーマが、先ほどの不二の笑顔に戸惑っていると、メイドが微笑みながら促がした。 「では、リョーマ様のお部屋までご案内致しますね。あ、申し遅れました・・・私はメイドのマリアと申します」 どうかお見知りおきを・・・ 微笑んだ群青色の瞳が、きらりと光ったような気がした。 「ここがリョーマ様のお部屋になります」 「・・・何これ」 「ご不満ですか?」 「いや、そうじゃなくて!」 「では何か問題でも?」 「問題っていうかなんて言うか・・・なんでこんなムダに広いのかって聞いてんの!!」 「リョーマ様は御主人様の大切なお方です。当然ではありませんか」 「何それ・・・」 案内された部屋の入り口で。 不思議そうにリョーマを振り返り、とんでもないことをさらりと言ったマリアに、リョーマはうんざりしたように呟いた。 目の前にあるのは、豪華・・・と言う以外に言葉が見当たらない部屋。 机一つ、家具一つとっても、どれも高級品であろうことが伺えるものばかり。 しかもお約束的な天蓋付きベッドまであるのだから、ここはどこなんだ!という気になるのも仕方ないかもしれない。 そもそも自分はマリオネット。人間ではないのだ。 その自分に対してこれだけの部屋を用意する、不二の意図が分からない。 「何考えてるんだ、いったい・・・」 それでは何かありましたらお呼びください・・・そう言い残してマリアが去った後、小さく独りごちたリョーマは半分諦めの気持ちでベッドに身を沈めた。 見上げた天蓋の飾り。 複雑に刻まれたよく分からない蔦のような模様を眺めながら、これまでのことを思い出す。 リョーマは『青色都市』の、下町・・・と呼ばれる場所で育った。 マリオネットなのだから、「育つ」という言葉はふさわしくないかもしれない。 だが文字通り、リョーマはそこで目覚め、すべての事柄をそこで学んだのだ。 自称マッドサイエンティストの博士との2人暮らし。 リョーマを作成し様々なことを叩き込んだ、父親のような博士はマリオネットであるリョーマから見ても、十分変な人間であった。 脳裏に、無精髭を生やしながら役にも立たない研究に勤しむ博士の姿が思い浮かぶ。 「あのクソ親父・・・どこに行ったんだ?」 ―――ちょっくら出かけてくるわ そう言い残して、博士が家を出たのは、目覚めてから3年ぐらい経った頃だった。 なんの連絡もないまま1年が過ぎて・・・突然現れた黒服の男たち。 半ば攫われるように連れて行かれたそこで、リョーマは自分の意思に関係なくある人物の手に引き渡されたのだ。 ―――へぇ・・・これがマリオネット?すごいな・・・ そう呟いたきり、人のことをじろじろと眺めまわし、ぺたぺたと触った眼鏡の男。 後で、それが乾という博士と同じ研究者で、その傍ら何でも屋も営む人間だということを知った。 突然現れ、自分を拘束した乾にも腹が立ったけれど。 何故だろう・・・今日初めて会った、不二周助という男に一番腹が立つ。 ―――ボクがそれを望んだから・・・ あの言葉を聞いた時。 そしてあの有無を言わせない微笑みを見た時。 身体を支配したのは、燃えるような怒り。 自分の意思を無視する不二に、そして周囲の人間に。 しかし、不二に対し激しい怒りを抱いていても、リョーマにはここを逃げ出せない理由があった。 一つは、リョーマに帰る場所などもう存在しないということ。 リョーマが黒服の男たちによって連れて行かれた時、それまで住んでいた場所は何の痕跡も残さず引き払われたと、あの乾が言っていた。 だからお前の帰る場所などないと・・・。 そしてもう一つは・・・博士の行方に関する情報を、不二が握っているらしい・・・ということ。 乾から不二へと引き渡された後、不二が小さく呟いたのをリョーマは聞き逃さなかった。 ―――こんなかわいいリョーマ君を残すなんて、あの博士も心残りだったかな? その言葉が何を意味するかなんて分からない。 分からないが・・・しかし。 少なくとも、不二は博士に関して何か情報を持っているらしいということだけは分かった。 「ほんとしょうがない親父だね」 あんなただの研究バカ・・・どうなったっていいけれど。 それでも自分を作ってくれた人だから・・・ 「仕方ないから探してあげるよ」 それまではここにいてやってもいい そう心に決め、リョーマはゆっくりと目を閉じた。 END ようやく第2話です! リョーマ君が不二邸に落ちつくまでのお話でした〜。 ちなみにマリアはオリキャラですι だって適当な人間にしたくなかったんですもの・・・(>_<) 次回は不二邸におけるリョーマ君の生活・・・を予定しています! でも予定は未定・・・(爆)」 →戻 |