HAPPINESS



act.3



最初の記憶は白一色の部屋の中。
ふんわりと笑う男の子の笑顔と・・・窓の外で鳴く小鳥の声が。

生まれて初めて目にしたもの。
生まれて初めて聞いたもの。


懐かしい・・・記憶の欠片









「・・・よう、おはよう、リョーマ君、起きて?」
「ひゃ・・・!」


心地よい眠りの中、いきなり耳に触れる柔らかなもの。
驚いたリョーマが目を開けたその先で、不二がにっこりと微笑んでいた。

「な・・・何であんたがここにいるの!!」
「やだな〜そんなイヤそうにしなくても・・・」
「イヤそうにもなるって!!」
「え〜?」

不満そうに眉を寄せた不二に、リョーマが先ほどまで顔を埋めていた枕を投げつける。
それを軽くかわして不二がリョーマの手首を掴んで引き寄せた。
反射的に逃げようとしたリョーマの動きを完全に封じて、抱き締める。

「は、離せ・・・!!」
「う〜ん・・・すごいなぁ〜抱き心地も抜群!」
「〜〜〜っ!!」
「ふふ、目・・・覚めたみたいだね、リョーマ君」

怒りのあまりと驚きのあまり口をぱくぱくさせたリョーマの額に軽いキスを落して、不二がリョーマを解放する。その顔に浮かぶ穏やかな微笑みに、リョーマは毒気を抜かれた気持ちになった。なんなんだ一体・・・と溜め息をついたリョーマに、不二が極上の笑顔でもって手を差し出した。

「朝食をご一緒に如何ですか、お姫様」







「ねぇ・・・アンタってオレがマリオネットだってこと知ってるんじゃないの?」
「知ってるよ?ああ、マリア、リョーマ君にデザートを」
「はい、かしこまりました。・・・どうぞ、リョーマ様」

不二の言葉を受けて、すぐ側に控えていたマリアがリョーマの前にデザートの乗った皿を置く。その皿の上には、バニラとチョコレートでできた美味しそうなアイスクリームが硝子の器の中、涼しげな雰囲気を醸し出していた。

「ありがと・・・ってそうじゃなくて!」
「あれれ?アイスクリーム嫌いだった?甘いものが好きだって聞いたんだけど・・・」
「好き・・・だけど・・・」
「良かった!もっと食べてね?いっぱいあるから」

にっこり笑う不二に、リョーマはなんだかバカバカしくなってきた。

「はぁ・・・あのさ・・・オレってマリオネットで食事なんか本当はいらないってこと知ってるんでしょ?」

なんでそんなムダなことしてるのさ

そう言いながらも、アイスクリームを仏頂面のまま、でも嬉しそうに口に運ぶリョーマを不二が目を細めて見る。

「食事機能があるって乾に聞いたけど・・・?」
「機能があっても普通は与えないって・・・だって必要ないんだもの、本当は」
ムダもいいところでしょ?

少し苦笑したような表情を浮かべたリョーマ。
アイスクリームをまた一口、すくっては口へと運ぶ。
口の中に冷たいアイスクリームの味が広がった。

「でもリョーマ君は好きなんでしょ?だったら何も問題ないと思うけどな」
「だからってでもさ・・・!」

納得がいかない・・・そう言い募ろうとしたリョーマの耳に、不意に真剣な声が聞こえた。

「ボクがキミと一緒に食事をしたかったから・・・って言ったら納得してくれるのかな」

え・・・?と思ったリョーマが視線を上げると、そこにはいつも通りの不二の笑顔。
リョーマの視線にさらに微笑んで、不二も目の前に置かれたアイスクリームをすくう。

「ね?全然ムダじゃないでしょ?」
「・・・バカ?」


そんなことを言われたのは生まれて初めてで・・・。
リョーマの心にくすぐったいような・・・あったかいような・・・なんだかよく分からない気持ちが溢れる。

ほんと・・・ヘンな奴・・・

胸に生まれたその想いを、どうしたらいいのか分からず、持て余したリョーマは俯いてアイスクリームを無言で食べ出した。


そのアイスクリームは本当においしくて。
甘い・・・味がした。










不二はどうやらとても忙しいらしい。
そんなことを、この不二邸で数ヵ月を過ごしたリョーマは知った。

朝から晩まで仕事仕事仕事・・・。
ひっきりなしに不二の下に訪れるスーツ姿の男達に、リョーマは正直うんざりしていた。
と言うのも。
仕事の間もリョーマはずっと不二の側にいるのだ。
いる・・・と言うよりは、いさせられる・・・の方が正しいかもしれない。
とにかく、不二はいついかなる時もリョーマを側に置きたがるのである。
自然、そのスーツ男達とも顔を合わせるはめになるわけで。
ほとんど同じような姿で訪れる男達の、何やら小難しい話を延々と聞かされる身にもなれば、リョーマがそう思うのは仕方がないことと言える。

では何故リョーマは黙って不二の側にいるのか・・・。

いつだったか・・・拘束されることを嫌ったリョーマが屋敷内に姿をくらましたことがある。
もっともすぐにマリアら数人のメイドに発見され、あっという間に不二の下へと連れ戻された。
しかし、そのリョーマが逃げ出したという事実を、不二がどうとらえたのかは分からないが、連れ戻された時に不二はリョーマにある条件を出した。
側にいればリョーマの大好きなアイスクリームを毎食後に出す・・・と。
不二が出すアイスクリームはとてもおいしい。
本当は1個では足りないくらいなのだ。
そして、その時の自分は、不覚にも頷いてしまったのだ。
今思えば、なんて浅はかだったんだろう・・・と思う。
まぁ、不二の行動を見張っていれば親父の消息も分かるかも・・・。
そう思った部分もあるにはある。
あるが・・・実はアイスクリームの方が重心が重いだなんて人には言えない。
だいたい不二は仕事の間はいつもいつも忙しそうで。
本当は自分なんてここにいてもいなくてもいいのではないか・・・そんな気さえしてくるのだ。
深い溜め息とともに窓の外を見遣ったリョーマに気がついた不二が、書類をぱさりと机の上に置きながら笑った。

「疲れたの?リョーマ君」
「別に・・・」
「ふふ、退屈だったかもね、リョーマ君には」
ごめんね、あんまり構ってあげられなくて
「なっ!別に構って欲しくなんか・・・!」

申し訳なさそうに微笑まれた瞬間、リョーマの頬に血が昇った。
心の奥底の本音を見透かされたような気がしたのだ。
構ってもらえないことがつまらない・・・なんて自分はいったい何を考えているんだ。
この男は敵・・・とは言わないまでも、親父の消息を調べる上で油断のならない人間であることには違いがない。
それなのに・・・と思う。
自分はどうしてこんなにもこの不二という、一見柔和そうな微笑を浮かべる男のことが気になって仕方がないのだろう。

「リョーマ君?」

ちらりと向けた視線の先、ふんわりと微笑む不二に、慌てて窓の外を見る。
頬が熱い。
熱くて熱くて仕方がない・・・。
だけどそれはどうしようもないことで。
どうにもできない自分がもどかしかった。

リョーマが一人悶々とする中、軽いノックの音が数回して、ドアが開いた。
入ってきた例のごとくスーツ姿の男が何事か不二の耳下へ告げる。

「へぇ・・・そう・・・」
「はい。如何なさいますか?」
「とりあえず、そのまま・・・続けてくれる?」
「はい、かしこまりました」

ぼそぼそと低い声で行なわれた会話に、リョーマは違和感を覚えた。
別にこれといった内容があるわけでもない。
ただ、やけにひそめられた声と、不二の真剣な表情が気になったのだ。

「ねぇ、なに?」
「え・・・?ああ、なんでもないよ、リョーマ君」
どうしたの、急に?
「何の話してたのさ?」
「たいしたことじゃないよ。でも・・・ふふ、嬉しいなぁ、ようやく僕の仕事に興味を持ってくれたんだね」

いつもの軽い言葉に、いつもの笑顔。
だけどそれはどこか違っていて。
リョーマは不二が何かを隠そうとしているような気がした。

もしかしたら・・・!

脳裏を過ぎった顔に、リョーマはきりりと奥歯を噛み締めた。

自分は親父を探すためにここにいる
それ以上でも以下でもないのだ
一時の気の迷いなんて・・・すぐに忘れてみせる!

言い聞かせるようにリョーマは心の中で呟いた。
その時。
胸の奥でちくりとした小さな痛みが生じたことに、リョーマはまだ気付いていなかった・・・。










END


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ようやく第3話です!
随分とかかったなぁ・・・と思いながらも進展はあまりなし。
あると言えば・・・リョーマの不二に対する微妙な心の変化・・・でしょうか。
しかし・・・アイスクリーム以外に甘いものって思いつかないんでしょうかね、私は(爆)
最初はチョコレートにでもしようかと思ったんですよ。
でもなんて言うか・・・食後のデザートと言えばアイスかケーキでしょう!
で、ケーキは重いかも・・・ということでやっぱりアイスに。
毎度ワンパターンで申し訳ないです(汗)

次回は・・・どうなるかは分かりません(をい)
気が向いたら書くかも・・・(死)


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